第五章 ダンジョン 4-1.還らずの迷宮(その1)
生まれ変わったダンジョンコアとしてのロムルスの雪辱戦開始です。本話からしばらくは、やや殺伐とした話になります。
ロムルスのダンジョン前に佇んでいる五人は、この世界で勇者と呼ばれる者たちのパーティである。ダンジョンに挑んだ冒険者たちが相次いで消息を絶ったため、事態を重視したバレンの冒険者ギルドの指名依頼を受けてやって来た。依頼内容は新ダンジョンの調査と危険度評価。勇者たちは自信満々でダンジョンに入って行った。
「狭っ苦しいダンジョンだな。歩くのがやっとじゃねぇか」
「あぁ、できたてのダンジョンらしいからな。お宝の方も期待薄だろう」
「カイト、ダンカン、真面目にやんなさい。いくらショボくてもダンジョンには違いないんだから、甘く見てると怪我するわよ」
「でもよぉ、マリア、ここって本当にダンジョンなのかよ。いくらできたてだからって、こんな狭っ苦しいダンジョンって見た事ないぜ」
「いえ、ダンジョンには違いないですよ。壁を見れば判ります」
「確かにただの岩壁じゃないな。ちょっと叩いたぐらいじゃ傷もつかん」
「でも、それ以外にダンジョンらしいところがないですね……うわっと!」
「フリン、大丈夫? 足場が悪いから気をつけて」
「あぁ、大丈夫です。話の続きですが、かれこれ二十分は進んでいますが、モンスターも罠も、その他の動物すら姿を見せないのが少し気になるんですよ」
「確かに、こんだけ折れ曲がってんだから、ゴブリンが奇襲の一つもかけて来そうなもんだが、何の気配もしねぇな」
「油断は禁物よ、注意して進みましょう」
「とか言ってるそばからまた曲がり角かよ。曲がり角に出くわす度にギルを偵察に出して、俺たちゃ退いて待機してたんじゃ、時間ばかりかかってしようがねぇぜ」
「まぁ、斥候役として出番が多いのは悪くないんだが……さすがに回数が多い上に、こう空振りばかりだと精神的にも疲れてくるな」
「案外それが狙いかもしれん。注意を怠るな」
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「ちょっと待ってくれ、また分かれ道だ」
「またぁ? 一体どれだけ入り組んでるのよ、このダンジョン。本当にできたてなの?」
「これまで記録がなかった場所に出現したんだから、新しいのは確かですよ」
「ギル、マッピングはどうだ?」
「駄目だ。こう入り組んでいる上に登ったり降ったりじゃ、地図に起こすなんて無理だ」
「目印代わりに伸ばしてきた糸だけが、文字通り頼みの綱か」
「そんなお前さんに朗報だ。糸の残りがもう無い」
「マジかよ……どうする」
「……引き返そう。ここまで入り組んだダンジョンだ。目印なしにこれ以上進むのは無謀だ」
「残念だけど仕方ないわね」
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「おいっ! 糸が消えてる! 跡形もないぞ!」
「冗談じゃねぇ! こんな所で迷子かよ!」
「くそっ、たちの悪いダンジョンだな。マリア、魔力の流れを読めないか?」
「駄目ね。このダンジョン、背景の魔力量が地味に多い上に、不安定に流れてるのよ。流れに従って行ったら、何処に誘い込まれるか判らないわ」
「こうなると、皆の記憶だけが頼りか……」
「足跡は? 残ってないんですか?」
「駄目だ。さっき調べてみたんだが、足跡のあの字も残っちゃいない」
「灯りも心細くなってきた。なるべく節約して進もう」
「せめてモンスターか何か出て来てくれりゃあ、後をつけて獣道を見つける事もできるんだが……」
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「おい、広場に出たぞ」
「来た時にゃこんな広場は無かったよな。てぇ事は、やっぱり道を間違えたって事かい……」
「来たのと別の道でも、出られさえすれば文句は無いんですけどね……」
「しかし、ここなら手足を伸ばして休めそうだな。ここまでの道はデコボコして足場が悪く、休めるような地形じゃなかったからな」
「一旦ここで小休止しよう」
「もう、このまま休んでもいいんじゃない?」
「そうだな……一応見張りを立てて野営するか」
「見張りって必要? 猫の子一匹見かけなかったわよ?」
「夜行性かもしれませんよ」
「ここまでずっと夜みたいなもんだったろうがよ……」
『クロウ様、勇者たちが例の窪地に入りました』
『ほう、都合よく野営するみたいだな。空気の音がしないように、少しずつ炭酸ガスを流し込め』
『諒解です。しかし、この炭酸ガス?ですか、あんなに簡単に死ぬんですね』
『あぁ、無色無臭だから気づかれにくく、綺麗に殺せる優れものだ』
自然界にありふれた存在ではあるが、炭酸ガスこと二酸化炭素の危険性は軽視できない。大気中に含まれている炭酸ガスの濃度は極微量で、地球ではその濃度は僅かに〇.〇三六パーセントに過ぎない。しかしこれが五パーセントになると頭痛や動悸、喉の痛みを感じ、十パーセントでは耳鳴りや震えが起きて、一分ほどで意識を失うようになる。クロウはコアたちが納得できるように、動物実験のビデオを見せて解説していた。炭酸ガスは空気より重いため、これが溜まった穴や窪地などに入り込んだ人間や動物が犠牲になる事が知られている。
「何だ……やけに耳鳴りが……手が震えっ! おいっ、起きろっ!」
見張りのため起きていた勇者が異変に気づくやいなや、仲間を叩き起こしたのは好い判断だ。炭酸ガスが二十五パーセントになると麻酔にかかったような状態になり、放っておくと死ぬからな。他の面々も飛び起きて、事情を問い質す事もなく脱出した。それなりに場数を踏んでいるって事なんだろう。
『クロウ様、勇者のパーティが分断されました』
思った通りか。炭酸ガスで仕留められなかったのは残念だが、意識朦朧とはいかないまでも、ガスで判断力を鈍らせる事はできた。その上に闇の中で緊急に脱出となると、点呼や合流の暇など無い。広場の周囲には幾つもの道が通じているから、どの道を通ったのかも判るまい。道は七曲がりに折れ曲がっているんだ。慌てて逃げ出している状態では、先行後続の確認などできまい。
『斥候・魔術師・回復役の三名は一緒ですが、あとはばらばらになりましたね』
『メンバーがそれぞれの役割を分担しているようなパーティは、分断してやると一気に機能が低下するからな。なら、どうやってパーティを分断するかという事になる。頭がまともなら二手に分かれるような愚策はとるまい。だったら、頭がまともに働かないようにするまでだ』
「ちっ、はぐれちまったようだな。カイトたち、無事だといいが」
「なんなのよ、急に。魔力なんか感じなかったのに……」
「呪いか何か……ですかね。もう大丈夫みたいですけど、一応、回復しておきますか?」
「いや、その必要はないだろう。魔力は温存しておけ」
『原因が解っていないようですね』
『闇の中で無色無臭のガス攻撃だ、無理もない。そもそもガスという概念自体を知らないかもな』
『クロウ様にお教え戴くまで私も知りませんでした。それにしても上手く嵌ってくれましたね』
『ここのように狭くて窪地になっている場所だと効果が高いからな。以前から考えていたのが、上手く当たってくれたようだ』
二酸化炭素は火山ガス中にはより高濃度で存在するが、ダンジョンのある位置に使えそうな火山脈がなかったため、クロウは地球からガスボンベの形で持ち込んでいた。今後は魔力で合成するか、それとも炭酸ガス以外の毒物で代替するか、検討中である。
『さて、勇者さんご一行は、お次はどこに行くつもりだ?』




