第五十三章 波紋 7.王族たち
第五十三章最終話です。クロウが造った「遺跡」は、マーベリック卿という「増幅装置」を介した事で、想像以上に大きな影響を諸国にもたらしたようです。
ある日の早朝、イラストリア王国の国王執務室の中でいつものメンバーが恒例の密議――もはや非公式な定例会である事は公然の秘密となっている――を開いていた。近頃は料理番も心得たもので、料理長自らが宰相の下へ軽食を運んで来たりする。この日も料理長心づくしの軽食を味わいながら、ヴァザーリにおける事態の推移を検討していた。
「ヴァザーリ伯爵が代替わりしたか……」
「先代伯爵への非難は抑えがたいところまで来ておりましたから……おそらくは然るべき手段が講じられたのでしょうな……」
「で……民の同様は収まったのか?」
「一応……というところでございましょう……イシャライア?」
「今んとこ表面上は静かなもんです。インチキ宗教だの詐欺師だのといった連中も、少なくとも領都からはいなくなりましたからな。町の再建も新領主が自腹でやるってんで、住人どもも落ち着いてるようです」
「しかし……予想以上に大事になったの。Ⅹはここまで想定しておったのであろうか?」
「どうでしょうか……Ⅹとしては影響がどこまで波及しても、それが望まない方向に行かない限り、気にしないような気がします」
「やつらはこっちの動きを逐一監視してるって事か」
「当然、監視は付けている筈です。ヴァザーリの情勢次第でⅩの打つ手も代わってくるでしょうから」
誤解である。クロウはこの頃ダンジョンの対空戦力の強化に頭を悩ませており、その打開策としてダンジョン化した巡洋艦クリスマスシティーの処遇について頭痛のする毎日を送っている。しかしそんな事はウォーレン卿はご存じないのであった。……もしも知っていたら、クロウ以上の頭痛に悩まされたであろう。
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イラストリア王国の南に位置する隣国テオドラム。
その王宮ではまだ若い王とその側近が何か話し込んでいる。二人の周りにいるのは王の護衛だけ、他の貴族たちの姿が見えない事が、この相談が密議や謀議に属するものである事を示していた。
「……イラストリアにおける亜人奴隷の値はそこまで下がっておるのか」
「はい、他国に連れて行けば相応の値が付きますが、安くても早々に手放そうとする商人が多いようですな」
「アンデッドのドラゴンとやら、あの国の奴隷商人には災難であろうが、我らにはとんだ福音となったな。この機を逃さず更に亜人どもを買い集めよ。多少目立つのは仕方があるまい。今は亜人どもの数を増やすのが急務である」
「御意」
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再びイラストリア王国の国王執務室。
時間的にはテオドラム王宮で密議が――あるいは謀議が――凝らされていたのと同じ頃……
「……しかし、亜人奴隷の値が暴落とは……。この際王国で買い入れて、奴隷から解放してやる事も考えるべきかの」
「それに関して、テオドラムの奴隷商人が亜人奴隷を買い漁っているという報告が入っています」
「はて……あの国はヤルタ教同様に亜人を排斥しておった筈だが?」
「ここへ来て急な方針転換。どうせ善からぬ事を考えているのでしょうな」
「ならばその邪魔をするのは、わが国の国益にも叶うであろう。宰相、直ちに亜人奴隷を購入して、場合によっては解放する手続きをとれ。何か知らんが、テオドラムに我が国の亜人を送るような事はさせるな」
「かしこまりました」
事態は関係者の知らぬところで混迷の度合いを深めていった。
明日は挿話になります。第九章に登場して以来ご無沙汰していた人物の話になります。




