第五十三章 波紋 3.王族たち
講演会の影響第三弾は王族たちの反応です。
エルフたちが森を離れて荒れ地に進出し、人間たちと共同生活を営んでいた。
ヴァザーリから戻ったエルフの商人たちがマナステラに持ち帰った知らせは、既に国中を席捲している――少なくとも王都では知らぬ者はいないようだ。
(果たして朗報であったのだろうか?)
マナステラの若き王は、そう自問する。人間とエルフが手を取りあう国をつくる、その目的から見れば、この度の知らせは望ましい事に思える。ただし問題は、既に千年前――エルフを介した伝聞の結果、この国では千年前という年代は確定事項になっている――にエルフと人間が協力を成し遂げていながら、それが今日まで伝わっていない事だ。これこそが王の頭を悩ませている問題点である。
(……今のところは、かつてエルフと人間が手を結んでいたという話に舞い上がっているが、その後千年にわたって協力体制が失われている事に気がつけば、あるいはその点を狙い撃ちして騒ぎ立てる者がおれば、今の興奮が大きいほど、反動で疑念も大きくなりかねん……)
若い王は心を決めたかのように、傍に控えていた腹心に向き直った。
「エルフの噂話だけでは埒が明かぬ。詳細な内容を知りたいが……非公式なルートでイラストリア王国に問い合わせる事はできるか?」
「問題ございません。我が国のエルフたちが詳細を知りたがっていると言えば、全部ではありますまいが、それなりのところは教えてくれましょう」
「予想せぬ流れではあるが、事態は我ら融和派にとっては望ましい方向へ動こうとしている。ならば、流れが変わる前に、この勢いを確かなものにしておきたい」
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ここ、イラストリア王国の国王執務室の中では、国王が難しい顔で考え込んでいた。その周りには、いつもの三名の姿が見える。
「マナステラより非公式の要請か……」
「非公式とは言え、一国からの要請です。無視はできぬかと」
「判っておる、判ってはおるが……」
国王が何を悩んでいるのか判らないウォーレン卿は、視線でローバー将軍に尋ねる。察した将軍が口を開くより先に、宰相が説明する。
「話がエルフを介して伝わった、というのが問題でな」
「エルフ媒介だと何か?」
「あぁ……ウォーレンは知らないかもな。エルフってなぁ大抵感激屋でな、しかも思い込みが激しいときてる。早い話が、物事をドラマティックに捉え過ぎる傾向があるんでな」
「……調査結果が正しく伝わっているかどうかが不安だと?」
「大いにな」
「ならば猶更早く知らせてやる方がよいのでは? 勘違いがあった場合も傷が浅いでしょう」
「……それもそうか……」
「だが、まだ調査は済んじゃいねぇぞ? 報告書なんか出せる段階じゃねぇ」
「どうせ最終報告書にも書けない事がしこたまあるんです。中間報告という形で渡しておけば、後からなんとでも言えるでしょう」
「……そうじゃな。ウォーレン卿の案を採ろう」
こうして一応の方策が決まり、一同ほっとしたところを掻き乱すのがウォーレン卿という人物である。
「しかし……エルフがそういう性向だとすると……今後が少し不安ですね」
「……またぞろ何か考えついたのか?」
「いえ、第五中隊からの報告に、エルフの見物人が増えているような事が書いてあったでしょう? 場合によっては、聖地巡礼か何かのつもりでやって来る、隣国からの見物人が増える事も考える必要があるのかな、と思いまして」
「……確かにあるかもな」
「人数を増やした今でさえ手一杯なんです。これ以上見物が増えると、間違いなく第五中隊の手に余ります」
「ウォーレン卿、何か策を考えておるのか?」
「どうせ見物客が絶えないのなら、いっそのこと観光地扱いにして、見物人の誘導を専任の職員に任せては、と思いまして」
「はぁっ!?」
素っ頓狂な声を上げたのはローバー将軍である。他の二人は声もない。
「何を考えてるんだ!? あそこは機密扱いだろうが!?」
「別に中まで案内するわけじゃありません。外から見て絵になる場所を幾つか選定して、見物人をそこに誘導するだけです。勝手にうろつき回られるよりは監視もしやすいと思いますし。長椅子を幾つかとテントでもおいてやれば充分でしょう。見物料だって取れるかもしれません」
「……だがウォーレン卿、専任の職員とやらをどこから連れてくる? 場所が場所だけに滅多な者は雇えぬぞ?」
「軍の退職者から身元のしっかりした者を選んではどうでしょう? ついでに、仕事内容によっては再招集できそうな者をリストアップしておくと、今後も色々と便利ではないかなと」
この世界には予備役という概念はない。ウォーレン卿が提案したのはそれに近いものであり、今後の王国の軍制にも影響しかねない内容であった。
「……即答はできぬが、一考の価値はあるな」
「確かに。人事面が面倒になりそうだが、有為の人材を手早く動員できるってぇのは美味しい話だな」
クロウが造り出した遺跡は、ウォーレン卿という増幅器を得て、一国の体制にまで影響を及ぼそうとしていた。
ウォーレン卿の提案は採用される事になります。




