第五十二章 対空戦力 3.海底ダンジョン「クリスマスシティー」
記念すべき二百話目は、やっちゃった話の真打ちです。なお、本話に登場する巡洋艦クリスマスシティーについては、一切が作者の創作です。手頃な沈没艦が見当たらなかったので。
クロウは当惑していた。
砲塔と機銃の構造が解った事で用済みとなった沈没巡洋艦のダンジョン化を解除しようとしたところ、どうしたわけか解除できなかったのである。そのダンジョンは依然としてクロウの目の前に鎮座していた。
アメリカ合衆国海軍軽巡洋艦クリスマスシティー。クリーブランド級巡洋艦の二十八番目の艦として建造され、処女航海でイ号潜水艦の雷撃を受けて沈没した艦である。軍艦という特殊な存在をダンジョン化したせいなのか、それとも、戦船として生み出されながら敵と一合も交えずに沈んだ無念がそうさせたのか、かつて巡洋艦として生み出され巡洋艦として沈んだ筈のクリスマスシティーは、ダンジョン化を解除される事を拒み、今もダンジョンとして海底に在った。
(……どうしたもんかなぁ)
自分が盛大に――これまでにないほど壮大に壮絶に――やらかしたという自覚はあるものの、どう始末をつけたらよいのかという点については全く思いつかなかった。
(……ダンジョン化しちまったんだから、このままここに沈めとくのは拙いよなぁ……。かといって、こんなデカブツを向こうに運ぶなんてどだい無理な相談だし……せめてもう少し深い場所に動かせればなぁ……)
その時、クロウの脳裏に二つの光景がフラッシュバックのように浮かび上がった。
一つは大海原を威風堂々と進む艨艟の姿。
もう一つはかつてマンションで祖父の軍靴を再生させた時の記憶。
(……再生してやれば自力航行できるか……やれるか?)
「毒を食らわば皿まで」という名言がクロウの脳裏に閃く。
(ここまで来たら開き直るか……他に手もないしな……やるか……やろう)
ついにクロウは戦没巡洋艦の再生という暴挙に出たのである。
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ダンジョンマジックと錬金術を駆使しての一週間が過ぎ――あ、うちの子たちには事情を説明してある――恐ろしい事にクリスマスシティーの再生と整備は順調に進んでいた。クリスマスシティーのダンジョンコアには、ネット通販で超特大のガラス玉――ディスプレイ用らしい――を購入した。直径が八十センチもあったから魔石にするのも大変だったが、毎日へとへとになるまで魔力を流し込んだ結果、「理外の魔宝玉」とやらに化けたので、これをダンジョンコアにして機関室に設置した。それ以外にも直径二十センチ程度の「理外の魔晶石」を幾つか準備して、艦橋やら司令塔やらCICやらに据え付けた。これだけ図体が大きいと、コア一つじゃ足りないだろうしな。
据え付けた「理外の魔宝玉」がダンジョンコアとしての機能を発揮し始めると、どういう仕組みなのかは俺にも解らないが――ダンジョンの自己修復機能なんだろうが確信はない――破損箇所も元通りに回復し、クリスマスシティーはかつての航行能力を取り戻した。いや、海中を粛々と進む事ができるんだから、かつて以上だろう。乗組員の遺骨はスケルトンにでも化けるかと思っていたんだが、そのままクリスマスシティーに取り込まれたようだ。無念とか遺恨とかいう個人レベルの怨念は残っていないようだった。
とりあえずクリスマスシティーに命じて、沈没箇所よりも深い場所へと移動する。沈没した筈の場所に船体がない事が判ったら騒ぎになるだろうが、沈没したオランダの戦艦が金属スクラップ回収業者に盗まれた事件もあったし、同じような事があったと誤解してくれるだろう……誤解してくれたらいいな……。
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深夜、船舶の航路から外れた海域に浮上した俺たち――俺とクリスマスシティー――は、四十ミリ機関砲の試射を行なった。ダンジョンマジックと錬金術で見た目は新品同様に復元したが、実際に問題なく稼働するかどうかは確かめておく必要がある。主砲をぶっ放すのはさすがに自重したが、機関砲くらいは試射しておいた方がいいだろうと考えたわけだ。
万一暴発した場合に備えて、おれは堅牢な司令塔内に引き籠もっていたけどね。最初は艦から離れた場所に待避しようかと思ったんだが、ダンジョン化を済ませた以上は艦内にいた方が安全だろうと思い直したのだ。
結論から言うと、機関砲の試射は問題なく成功した……機関砲弾をどうやって補給したのかなど、自分でもよく解らんが、とにかく使えるなら問題ない。
確かめるべき事を確かめた後で、俺たちは再び深い海の底に戻って行った。
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「正体不明の軍艦が写っていたとはどういう事だ?」
「これです……昨日、というか本日深夜の画像ですが、拡大処理してみると……」
「……えらく旧式の軍艦のように見えるな? 巡洋艦か?」
「霧のためによく見えないんですが、第二次大戦中の巡洋艦に似ています。……ですが問題は、赤外線画像に熱反応がない事です」
「……漂流しているとでも言うのか?」
「いえ、漂流とは違うようです。次の周回では確認できませんでした……周囲二百キロ以内に」
「……何者かの手の込んだ悪戯という線は?」
「誰が、というのは措いておくとしても、なぜそんな事を? そして……」
「そして、どうやって、だな。偵察衛星を欺いたか、海中にでも潜ったか、どちらにしても考えにくいし、考えたくもない」
「報告はどうします?」
「出すさ。俺たちで決められる筋合いのものでも無いだろう? 悩むのは上の連中の仕事だ」
昨日の後書きでも触れましたが、原稿のストックが心細くなってきましたので、今日から一日一話更新とさせて戴きます。もし拙作を楽しみにしておいでの方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。




