第五章 ダンジョン 3.迷宮の設計
ダンジョンコアの初登場です。
三十日ほど経って元の大きさに近いまでに復活したダンジョンコアたちを連れて、向こうの世界の洞窟に戻る事にした。地球じゃダンジョンコアの就職先なんか見つからんだろうし、向こうに連れ帰るのが正しいだろう。で、今はうちの子たちを交えて善後策の協議中だ。ハイファの菌糸を介して、精霊樹の爺さまにも参加してもらっている。
『それじゃお前たちはモローの町はずれのダンジョンのコアだったんだな』
『はい、恥ずかしながら勇者を名のる一行に砕かれてこのような次第に……』
ダンジョンアたちはぴったりと口を揃えて喋っている。念話でも声が二重に聞こえるから面白い。
こういう場合、討伐の証明でダンジョンコアを持って行くんじゃないのかと思って聞いたら、ダンジョンが崩れ始めたので慌てて逃げたらしい。証拠を持ち帰れなかったのか。残念だな、勇者。
ああ、勇者と言ったが、魔族の圧政に立ち向かうために神託を受けて……とかそういうんじゃないらしい。何でも人族至上主義と亜人弾圧を標榜する宗教があって、そこの教会が勝手に認定した勇者だそうだ。もちろん人族至上主義に凝り固まっていて、パーティメンバーも全員人間。エルフも獣人もモンスターも、皆滅ぼして征服だーって連中らしい。胸糞悪い。
『で、お前たちは今後どうする? ダンジョンから離れて単体で存在するダンジョンコアの身の振り方なんて、正直思いつかないんだが』
『私たちもこんな立場になったのは初めてですし、これまでに聞いた事もありません。あ、もちろん現状に不満があるわけではありません』
『実際問題としてだが、お前らダンジョンコアに戻る事ができるのか? 新たなダンジョンを造って支配下に置けるのかどうかという意味でだが……。みんなはどう思う?』
『洞窟か何かの壁に……ご主人様の世界の物を……吸収させてやれば……何とかなるのでは……』
『いや、いくらこの世界が突飛でも、洞窟の壁は物を食わんだろ?』
『ご主人様が……かけて下さった……液体肥料や……あちらの水を……考えていたのですが……』
『あ、なるほどな。コアを設置した周囲の土に液肥を撒いてやればいいのか。お前ら、それで何とかなりそうか?』
『(やってみないと判りませんが、何とかなりそうな気もします)×2』
『んじゃ、どこに置けばいいんだ? 元のダンジョンに戻すのか? コアが二個に増えたわけだが、同じダンジョンでいいのか?』
そう問いかけると、ダンジョンコアたちはしばらく口ごもった後で答えた。
『できれば、私たちをこんな目に遭わせた勇者に一矢報いたいのですが……』
おお、いい心掛けだ。そういう意地は嫌いじゃない。勇者一行とやらも胸糞なやつらのようだし、少しだけ手伝ってやるとするか。
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『つまり勇者のパーティは、剣士である勇者に斥候、壁役、魔術師、回復役を加えた五人編成か。勇者の戦い方はどうだ?』
『聖剣と言ってましたが、魔力を纏いやすいミスリルか何かを被せた長剣のようでした。勇者は魔術も使いましたが、大抵は剣でぶった斬ってました』
『ふむ。となると、勇者封じの第一手は剣を振らせない事だな』
『ますたぁ、剣を振らせなぃって、どぅいぅ事ですかぁ?』
『ん? 狭けりゃ剣は振れないだろ?』
『(はぁ?)×8』
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『つまりだ、人一人通れる程度の狭い通路で、しかもくねくねと折れ曲がって見通しが利かない上に、足場が悪くて踏ん張りが利かないとなれば、聖剣とやらも存分には振るえんだろう?』
『でもクロウ様、狭いダンジョンでは大きくて強力なモンスターを呼び込むのが難しくなりますが』
『いや、でかけりゃ強いってもんでもないからな。うちの子たちを見ろ。みんな小柄だが、強いぞ? そもそも今からモンスターを呼び込むとして、どれくらい時間がかかるんだよ? 勇者、歳くって引退するんじゃねぇか?』
『そこまで時間はかからないと思いますが……では、眷属の方々の協力を得られるのですか?』
『いいけど、それじゃつまらんだろう? やっぱり復讐は自力でやらんとな。ま、任せておけ。昔から考えていたアイデアが幾つかあるんだ』
『昔からって……お主、向こうの世界で何を考えておったんじゃ?』
『いいだろ、別に。ダンジョン物ってのはラノベの定番なんだよ。あと、折角だからお前らには別々のダンジョンを任せるからな。元あったダンジョンの東西にそれぞれダンジョンを造るとしよう。なに、「壊れたダンジョン」のスキルを使えば、洞窟生成なんてあっという間だ』
『クロウ様、それでは人の町に近い方のダンジョンに私を置いて戴けないでしょうか? 少しでも早く勇者にまみえたいんです』
『いいぞ。もう一体の方もそれでいいのか?』
『はい、兄にまかせたいと思います』
『うん? お前が兄って事になったのか? 今後を考えると名前がないと不便だな。よし、それじゃ兄の方をロムルス、弟の方をレムスと呼ぶ事にしようか』
『(ありがとうございます、クロウ様)×2』
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こうして俺たちは新たなダンジョンの構築に取りかかった。ハイファの発案通り、新しく造った洞窟の壁に地球産の液体肥料やら何やらを撒くと、速いペースでダンジョン化が進んだ。スレイとウィンが土魔法を使えるので、洞窟の掘削も問題ない。ハイファも土魔法は使えるが、さすがにここまで菌糸を伸ばすのはつらいという事で、ダンジョン構築には不参加だ。
以前から暖めていた設計案があるとは言え、細かな点については皆が知恵を絞った。新たにモンスターを呼び込む時間はないので、配備したモンスターは多くない。ダンジョンマスターとしての俺の力で、比較的小形のモンスターを幾つか召還した程度だ。いや、試しにやってみたらできたんだよ。何でもありだな、「壊れたダンジョン」。
ダンジョン構築を進める傍ら、新たにダンジョンコアとなるロムルスとレムスの増強も急務だ。何しろダンジョンの戦力は、ダンジョンコアの能力に大きく右される。特に今回はダンジョンモンスターの数が少ないので、ダンジョンコアの強化は必須だ。
全員の知恵と力と勇気を振り絞って、新しいダンジョンが誕生した。
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二つの新たなダンジョンがオープンしてから数日後、近くの村人に案内された冒険者がロムルスのダンジョンへ現れた。残念ながらロムルス待望の勇者ではなかったが、小手調べには丁度いい。外で待っている村人には、生きて帰ってダンジョンの事を知らせてもらう役目がある。冒険者の方はそうじゃない。手の内を知られないように、ダンジョン内でさくっと始末する。同じ事を何度かくり返すと危険視されたらしく、ぱったりと冒険者が来なくなった。
レムスのダンジョンにも村人がやって来たが、ロムルスのダンジョンの事を聞いているのか、様子を見ただけで中に入らずに去って行った。
そうこうするうちに、遂にロムルスのダンジョンに勇者がやって来た。
明日はいよいよダンジョンコアと勇者一行の対決です。




