第一章 洞窟 1.出発
短いのでもう一話投稿の予定です。
まずは準備だ。何の準備もなしに未知の場所へ突撃するほど馬鹿じゃない。ドアの向こうが異世界なのか、この世界の別の場所なのかは判らんが、洞窟のようだったから照明器具は必須だろう。さっき開けた時には異臭や息苦しさやは感じなかったが、二酸化炭素が溜まっていたら窒息死の危険もある。懐中電灯だけでなく蝋燭か松明も必要だろう。火が消えたら酸素がないって事が判るわけだ。爆燃性の気体が溜まっていた場合は……いや、その場合は臭いで判る筈だ。でもプロパンガスは無臭だとか聞いたな……。えぇい、びくついてばかりじゃ話が進まん。ドアを開けたら火のついたマッチでも投げ入れて、すぐに身を伏せよう。爆発しないのを確かめて入ればいい。
灯りの事に考えを戻そう。確かランプがあった筈だ。親父が観光土産だとか言っていた。オモチャみたいなもんだが、灯油を入れれば使えた筈だ。武器はと……カッターナイフや果物ナイフじゃ駄目か。
仕方がない。ホームセンターに行って何か探してこよう。とは言え、あからさまに兇器っぽいのを買ったりすると世間の眼がうるさいからね。あまり物騒に見えず、それでいて充分に武器になりそうなものを見つくろうとしよう。
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火のついた紙を投げ込んでも爆発は起きなかった。不自然に強く燃えたり逆にすぐ消えたりしない事を確かめた上で、探検の装備を確かめる。
「ヘッドライトと予備の懐中電灯、ランプには灯油を入れて、水筒に携帯食料、救急用の消毒薬に絆創膏、軍手、武器は十徳ナイフにスコップと釘抜き、手裏剣の代わりは家にあったゴルフボール、あとは記録用のデジカメ、命綱のロープはベランダの柵にくくりつけて、と……」
長居する気は全くないからこんなもんでいいか。近い範囲だけをさっと見るだけにして、何かあったら一目散に戻るとしよう。
洞窟へ踏み込んだ時に一瞬めまいがしたが、恐らく緊張のせいだろう。眩しいくらいの光に包まれたような気がしたが、気のせいだ、きっと。しばらく立ち止まって何ともないのを確認した上で、ゆっくりと奥へ歩き出す。
石油ランプの火は室内にいた時と変わらない。灯りは弱まっていないから酸欠の心配は無さそうだし、不自然に火勢が強くなってもいないから酸素過多でもないだろう。酸素は少なすぎても多すぎても有害だからな。
異臭もしない、音も無い。地面の感触もしっかりしている。流砂とかではないようだが、油断はせずに進もう。何かあってもなくても、ランプの灯油の残量が半分を切ったら部屋に戻る。探索は少しずつでいい。あと、何か証拠になりそうな物が持ち帰れればいいんだが。
洞窟は一本道で、分岐どころか割れ目すらない。少々の屈曲はあるものの、概ねまっすぐ伸びているようだ。
少しつついてみた感じでは、壁は硬いようだ。欠片を削り取るのは簡単ではないだろう。壁の所々に皺のような凹凸はあるんだが、それでいて滑らかでひび一つ無い。壁の割れ目に見えるところも、実際には割れ目でなく滑らかな窪みでしかない。加工したような痕跡は無いが、壁も地面も妙に滑らかだ。小石の一つも落ちていないのも、おかしいと言えばおかしい。足跡のようなものも見当たらない。人手が加わったような痕跡は無いが、どこか不自然な感じがする。映画のセットというのが近いか。水気は無い。
何か生きものはいないのかと、見回した先にそれはいた。
直径五~十センチほどの、透明な寒天質の塊。ゲームに出てくるスライムのような感じの半球体。そっとつついてみるとプルプルと弱々しく震え、逃げようとする。
いや……本物のスライムか、これ。