第五十一章 クレヴァス 4.行商人
招かれざる客第二陣です。
内心冷や冷やと――少しばかりうんざりも――しながら画面を見つめるクロウたちの目に映ったのは、いい加減草臥れた感じの荷馬車――引いているのは馬じゃなくて驢馬だったが――を駆る白髪の老人の姿だった。
老人はクレヴァスの傍に佇む三人の冒険者の姿を認めると、年に似合わぬ大声で呼び掛けた。
「うぉ~いぃぃ、マイラァァ~、リックゥゥ~」
「……誰だ?」
「ありゃ」
「コーツ爺さんだわ」
老人はクレヴァスの傍に荷馬車――引いているのは驢馬だけど――を停めると、相好を崩して話しかける。
「ほっほぉ、元気にしとるようじゃな」
「爺さん、あんた、なんでこんな所にいるんだ?」
「何、ギルドへ寄ったら、お前さんたちがここに向かったと聞いたもんでな。おおかた岩山の所じゃろうと思って来てみたんじゃ。そっちの若いのは初対面じゃな。儂ゃ、コーツという行商人でな、時々ギルドから仕事を回してもらっておるんじゃよ」
「エンリだ。こっちの二人とは顔見知りのようだが、それだけでここまでやって来たのか?」
「なぁ~に、今回の一件には、儂もちっとばかり関わっとるんでな。どういう落ちがついたのか知りたいと思って来たわけじゃ」
「そう言えば、爺さんも北の村で同じような聞き込みをしてたのよね」
「なぁ、爺さんは以前にこの辺りに来た事があるのか?」
「おぉ、儂ゃ行商人じゃからな。この辺りも何度か通った事があるわい」
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『折角収まりかけていたのに……面倒な爺がしゃしゃり出てきたもんだな』
『片づけますか? クロウ様』
『状況次第ではな。なるべくなら面倒は避けたいんだが……』
『あ~っ、あのバカ驢馬っ、入口の茂みを囓ってる!』
『僕たちの癒しだったのに……』
『マスター、あのバカ驢馬、焼いちゃっていいですよね?』
『気持ちは解らんでもないが……少し待て。話の風向き次第ではステーキになってもらおう』
折角育てた植物を我が物顔に食い荒らす草食獣など、害獣でしかないからな。
・・・・・・・・
「……で、爺さん、問題の『雷』が聞こえたのがどうもこの辺りらしいんだが、爺さんの記憶と較べて、何か変わった事はあるか?」
「いんや、ここは昔からこんなもんじゃ。雨の多い年にゃ草も少しは生えるが、大体はこんな感じの荒れ地での、水場も無いしでわざわざ立ち寄る物好きもおらん」
「本当に何も無いの? 岩山の形が変わってるとか……」
「……いや、以前の通りじゃ。何も変わっちゃおらん」
「と、すると……ギルドには何て報告すりゃいいんだ?」
「不審な物は何も見られなかった、そう報告するしかないだろう」
「ふむ……儂ゃ、岩山が崩れた時の音じゃなかろうかと思っておったんじゃが……違ったようじゃな」
「ああ、最近崩れたような部分はない」
「とすると……割れ目の中で崩れたのかもしれんな。中で音が響いて大きく聞こえたとか……」
老人は荷馬車を降りると、割れ目を覗き込もうとするかのように近寄って行った。しかし……
「よしてよ。その程度の音があんなに遠くまで聞こえるわけないでしょ。爺さんだって北の村で聞き込んだ筈よ」
老人はマイラの言葉に歩みを停めると、頭を掻いて踵を返した。
「確かにそうじゃな。少なくとも雷に間違えるほど大きな音は出んのう」
「地上に不審な点が無いとなると……やっぱり雷かな?」
「そうかもしれんのう。世の中にゃ、色々と不思議な事もあるもんじゃ。さて、お前さん方、町に戻るんなら乗って行くか?」
「いいのか? だったらお言葉に甘えるとしようか」
冒険者たちと老人は去って行った。
クレヴァス周囲の緑を散々食い荒らして。
明日は本話の後日談です。




