第五十一章 クレヴァス 3.冒険者たち
招かれざる客たちの話です。
第一報は、木立の中の湿地に出張して周辺警戒の任に就いていた肺魚からもたらされた。
『ご主人様、人間たちが三名、クレヴァスの方へ向かっています』
密かに監視を続けるように指示を出し、肺魚の見た映像をスクリーンに映し出す。
『三人組の冒険者ですな』
『歩き方が気になるな……』
『?』
全員よく解っていないようなので、説明しておく。
『確かにクレヴァスの方に歩いているが、キョロキョロとあちこちに視線をさ迷わせているだろう? 「何か」を探しているように見えるが、それにしちゃ近くに来るまでの足取りに迷いがなかった』
『ここを調べに来たという事ですか?』
『多分な。先日の砲声が原因だろう』
『あ、立ち止まって、周囲を見回してます』
『よし、偽装作戦の始まりだ。外に出ている者はそのまま、冒険者が近づいたらさり気なく隠れろ。普通のリザードやスレイターの振りをしろよ? ケイブラットは姿を隠したまま、可能な限り速やかに通路へ待避しろ』
ケイブラットはダンジョンに巣くうモンスターだ。ダンジョン以外の洞窟などにもいるとはいえ、何匹も外にいるのは不自然だしな。
『外にいる全員は、決してクレヴァスの入口に近づくな。手近の隠れ場か通路へ向かえ。レブ、クレヴァス内の魔力の残渣を再計測。多いようならウィスプに吸収させろ。僅かな魔力も外に漏らすな』
『はいっ』
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「この辺り……だよな?」
「あぁ、その筈だが……」
「何にもないわねぇ……」
「リック、マイラ、君たちは以前ここに来た事があるか?」
「ご覧の通り、何もない場所だぜ? わざわざこんな場所へ来るやつぁいねぇよ」
「そうね。あたしも来た事はないわ。あんたはどうなの? エンリ」
「僕も無い。つまり、以前と変わっているかどうかは判らんわけか……」
「先輩の冒険者にも一応尋ねてはみたんだけど……」
「おっ、さすがマイラだな。冴えてんじゃねぇか」
「で?」
「……そもそもどんな場所だったか記憶に無いみたいなのよね……。『何の変哲も無い場所』と言う答えしか貰えなかったわ」
「……仕方無ぇ。手分けしてそこらを見回ってみようぜ」
「待て、ギルマスはドラゴンがどうとか言ってなかったか?」
「……まぁ、言ってはいたな。けどよ、それも随分あやふやだったじゃねぇか」
「一応、念のために、っていう感じだったわね」
「とはいえ、何らかの危険が存在する可能性はあるんだ。あまり離れるのはお勧めできないな」
「そうね。とりあえず十メートル以上離れないように気をつけましょう」
三人の冒険者は適度な距離を保って散開すると、ゆっくりと辺りを探っていく。その様子は、日向ぼっこの振りをしたスキンクや、待避通路からこっそりと覗いているケイブラットによって、余すところ無く捕捉されていた。
・・・・・・・・
『……何を探しているんでしょうか?』
『多分足跡か、それに類するものだろうな』
『足跡、ですか?』
『ここへ来る以上、昨年のドラゴンの事もある程度は知っているだろう。それが念頭にあれば、今回の砲声にもドラゴンが関わっているんじゃないかくらいは考えつくだろう。ならば足跡くらい見つかるかも、と思ってるんじゃないか?』
『あれ、でも、マスター……』
『あぁ、土魔法持ちに戦闘の痕跡を消してもらったからな、大丈夫だ』
『なるほど……なぜあんな事をお命じになるのかと思っていましたが、この時のためでしたか……』
『あぁ、そうだ。何かを隠そうとするんなら、徹底的にやらんとな。ウーノ、お前もここのスレイターのリーダーなんだから、その辺は覚えておけよ』
『肝に銘じます』
『あぁ、それと、外に出ている連中は、冒険者ばかりじゃなく、周囲の様子にもちゃんと目を配っておけよ』
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「お~い、どうだぁ、何か見つかったかぁ?」
「駄目ねぇ、何もないわ」
「エンリ、魔力の痕跡か何か見つからないか?」
「見当たらないな。特に不自然な感じもしない」
「と、すると……残ってるのはあの岩だけね」
「岩ってぇか……岩山じゃねぇかよ」
などと喋りながら、三人の冒険者はクレヴァスに近づいていった。
「……この岩山の近くは草が多いな。少し湿ってもいるようだし……」
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『ご主人様、気付かれたでしょうか?』
『判らん……が、レブ』
『はい?』
『万一に備えて、電撃鞭の準備をしておけ。状況次第では落とし穴も使う』
『はい』
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「……あぁ、この岩山のせいだろう。昼夜の温度差で岩の表面に夜露がついて、日向の部分はすぐに蒸発するが、日陰の部分は蒸発するのが遅れて下に流れ落ちるんだ。だから……ほら、岩山に接した部分が湿っているんだよ」
確かにそういう事は起こり得る。エンリの説明は事実とかけ離れていたが、説得力はあった。
「あ~、そういうわけかよ……。この割れ目の奥に泉でも湧いてるんじゃねぇかと、一瞬期待しちまったのによ」
リックの意見は大正解ではあったが、根拠と言えるほどのものはまるで無く、従って説得力を欠いていた。
「そうそう都合のいい事は起きないさ(笑)」
「そりゃそうか(笑)」
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『ますたー、あの魔術師の言ってる事って、正しいんですか?』
『まぁ、ありそうな話ではあるな。ともあれ、水源については納得してくれたようだ。あとはこのまま息をひそめていれば……』
『ご主人様、ケイブラットの一匹が、こちらへ近づいてくる荷馬車を見つけたようです』
もう一話投稿します。




