第五十一章 クレヴァス 2.クレヴァスの改築
予想外のメンバー(主に肺魚)増加に対処すべく、クレヴァスの改築に着手します。
新しい住人が増えていることを考えると、クレヴァス内部の構造に少し手を入れた方がいいだろう。肺魚とはいえ魚が増えるなんて考えてなかったしな。レブが自分の権限内で水場を造っていたが、間に合わせ的な感じがするし。
食糧についても見直しが必要かもな。エッジ村の洞窟と違って、そう高い頻度では立ち寄れないし、保存性の高い配合飼料を中心に揃えていたけど、魚やネズミの餌は考えてなかった。あと、地球世界のツノトカゲやモロクトカゲの主な餌はアリだったような気がするが……何を食べさせたらいいんだろう?
『しかし……よろしいのですか? クロウ様』
レブが困惑したような声で聞いてきた。
『うん? 何がだ?』
『いえ……クロウ様たちがお住まいの洞窟でさえ、まだ大きな増築はなさってないとお聞きしますのに、クレヴァスの改築などして戴いても』
『あぁ、問題ない。そもそも洞窟には俺を除くと側近の五名しかいないしな。兵装強化以外の増改築など急ぐ必要はない』
ハイファはともかく、他の皆は基本的に俺と一緒に動いてるしな。洞窟には寝場所以外の意味はほとんど無いのが実情だ。対してクレヴァスでは住人の数も種類も増えてるんだから、こちらを優先するのは当然の話だ。
どこをどう改築するべきか、実際に住んでいる面々に問い合わせたが、皆遠慮して答えない。埒が明かないので、半ば強要するようにして問い詰めざるを得なかった。福祉目的の筈なのに、何か間違ってないか、コレ。
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改築の第一は、当然ながら水場の追加だ。肺魚は陸上でも活動できるとは言え、狭い窪み程度じゃ住み心地も悪かっただろうからな。待ったなしで追加した。今のところは独占状態なので頻りに恐縮していたが、この後追加が来ないとも限らないし、早めに増築しておいた方が間違いない。肺魚以外の連中だって水浴びくらいしたいだろう。スライムは喜んでいるようだ。そう言えば……。
『ライ、お前は水場とか欲しくないのか? 要るなら造るぞ?』
『近くにぃ、川とかあるしぃ、自分でもぉ、出せますよぉ?』
あぁ……そうか。とは言え、緊急時の貯水池としても、あった方がいいだろうな。
『うん……やはり洞窟にも造っておこう。あるといろいろ便利だろう』
『済みませぇん、ますたぁ』
気にするな。人員の福祉は雇用者側の義務だからな。
改築の第二は、入口の……ある意味での拡張だった。
『日射量の増加かぁ、これは思いつかなかったな』
『住民の数も増えましたし、朝日の当たる部分が大きいとありがたいです』
サン・スポットってやつだな――太陽黒点じゃない方の意味の。入口以外に採光用の小窓みたいな隙間も追加して、日光浴できる場所を増やしておく。うっかりしてたが、トカゲのような爬虫類は日光浴で体温を上げて活動に備えるんだった。
……地下の階層にも太陽光を導入する仕組みを考えた方がいいんだろうか。鏡とか、光ケーブルとか……魔法とか。
『いえ、そこまでして戴く必要は当面ありませんので』
改築の第三は、これも意外な事に、クレヴァスの外の隠れ場所を増やして欲しいというものだった。偵察用に召喚されたケイブラットやスキンクの行動範囲が俺の想定より広く、ダンジョン化した領域を越えていたのだ。地上のダンジョン領域の拡張も考えたが、魔力の漏出を気取られる危険は冒せない。そこで、地下のダンジョン領域を拡張し、そこから細い通路を地上に延ばしてみた。言ってみれば、ネズミの巣穴をダンジョン化したようなものだが、これが結構好評だった。ついでに、ダンジョン領域の外にも、目立たないように石などの隠れ場を追加する。
隠れ場所の問題に関しては、肺魚からも、外に水場があれば自分も警戒に参加できると――控えめに――提案されたが……水場かぁ。
『やはり……難しい……でしょうか』
『急に水場ができたら人目を引くのは間違いございませんな』
『小さくても涸れない水場なら、やっぱり人目を引きますよねぇ……』
『生きものがぁ、集まるしぃ、草だってぇ、生えるしぃ』
『しかし、今のままだと折角の媒水転移のスキルが無駄になっているのは事実なんだよな……』
どうしたものか……。
『あのぅ……』
『うん? どうした? アイン』
『あの……水場があって不自然でないのはどの辺りでしょうか』
なるほど、逆にそっちから考えるか……。
レブに周辺のマップを表示させ、土壌含水量と植物の生育状況の分布図を重ねてみると……。
『クレヴァスから二百メートルほど離れた木立の中に小さな湿地があるな』
『藪に囲まれているので目立ちませんね』
『この木立の中なら、他にも湿地ができたところで不審には思われないでしょう』
『この湿地の水はどこから供給されてるんだ?』
『クレヴァスの泉と同じ地下水ですね』
『……クレヴァスに泉を造った事による湧出量の低下などは?』
『それは大丈夫のようです。クレヴァスの泉にしても、それほど多くの水量ではありませんし』
『……仮に、クレヴァスの泉と湿地を水路で繋いだら……』
『湿地の水量が一気に増えますね』
結局、湿地の傍まで地下水路を延ばし、そこから媒水転移で湿地に移動できるかどうかを確かめてみると、問題なく可能という事だったので、湿地への水量を少しだけ増やすようにコントロールし、湿地自体にも肺魚の隠れ場所を造っておく。
これらの結果、クレヴァスの周辺警戒能力を一気に底上げする事ができた。そしてこの事が、後で述べるアクシデントに対処する上で重要な意味を持つ事になったのである。
明日もクレヴァスでの話になります。




