第五十章 ドラゴン再び 2.エルギン男爵領冒険者ギルド
第二次ドラゴン戦の影響です。
「……で? その雷ってぇやつの正体は、相変わらず判らねぇままか?」
「残念ながら、ただ、雷が聞こえたと答えた者におおまかな方向を示してもらって、それを地図に落としてみたのがこれです」
「ほう……これは思ったよりも場所が絞り込めそうだな」
エルギン男爵領の冒険者ギルドでは、前回の「ドラゴンの気配」騒動の一件で情報収集の不手際があった事を反省し、報告の内容を地図の上に落とし込む事で、集めた情報の視覚化を図っていた。現代日本で言うGIS(地理情報システム)の考え方と一緒である。
情報提供者の数が少ないために位置の特定が今一つ曖昧なものの、職員の男が示した地図は、「雷」の発生点がモローの町の北西――少なくとも、モローの傍の山とは違う方向――である事を示唆していた。
「おい、この位置って……」
「ええ、自分も地図に落としている最中に気付いたんですが、昨年の夏に『ドラゴンの気配』が咆吼とともに消えた辺りではないかと……」
「……この付近に何かあったか?」
「いえ……ただの荒れ地で何もなかったような気がするんですが……」
「ふむ……上に報告を上げるにせよ、儂の悪友に知らせるにせよ、もう少し情報が必要だな。……よし、ギルドマスターとしてではなく、儂個人の名で依頼を発注する。内容は『当日、雷の聞こえた方向の聞き取り調査と地図への記録』だ。エルギン周辺だけでなく、バレンやモローの辺りまで脚を伸ばしての調査になる。時間がかかるし地味な仕事だが、確実にやってもらわにゃ困る。適当なやつを見繕って依頼してくれ」
「……ギルマス個人の依頼にするんですか?」
「ああ、現段階では海のものとも山のものともつかん。ギルドの依頼とするには問題がある。とりあえず儂個人の依頼という形で出しておいて、場合によっては後付けでギルドの依頼に書き替える」
「解りました。……とは言え、微妙に冒険者向きの内容じゃないですよね……。エルギンの近辺は見習いの連中に任せようかと思いますが?」
「ちびっ子どもか。聞き取りが中心だからうってつけかもな。構わんぞ」
「バレンとモローには……マイラとリックはどうでしょうか? 最近稼ぎが少ないと零していましたから丁度いいかと」
「ふむ。ソロでやっている連中にはいい仕事だろうな。それでいい」
「あとは……北の村にも一人ぐらい送った方がいいでしょうから……コーツの爺さんに頼んでみましょう。丁度こっちに来ているんで、都合がいいです」
「まぁ……構わんが……随分と大人数になったな……。儂としてはもう少し慎ましい依頼のつもりだったんだが……」
懐から飛んでいく金貨の枚数を考えて、少し腰が引けた様子のギルドマスター。
「まぁまぁ。はっきりした結果が出れば、王都のご友人に向かっても大きな顔ができますよ?」
職員の男に宥められて、あるいは誑かされて、ギルドマスターは男の言うままに依頼を発注する。
・・・・・・・・
十日後、集まった情報を集約した地図を前に、ギルドマスターと職員の男が額を寄せ合っていた。
バレンやモローの町中では「雷」を聞いたという証言はほとんど得られなかったが、バレンではギルドにいた冒険者が、モローでは旅人や買い物帰りの住民が、「雷」を聞いた場所とその方向についての情報を――幾ばくかの酒手と引き替えに――話してくれたので、ある程度の絞り込みが可能な程度の数は集まった。
「……思った以上にはっきりした傾向が現れたな」
「ええ、『雷』が発生したのはモローの北西、約百キロの辺りですね」
「シャルのやつぁモローの迷宮にご執心のようだったが……ここにゃ一体何があるんだ……って、何も無いよなぁ?」
「その筈ですが……確認の依頼を出しますか? マイラとリックはこの調査のオチが気になる様子でしたが」
「毒を食らわば皿までだ。やってくれ。だが……あの二人だけじゃなく、念のために魔術師を加えてな」
斯くして二十センチ砲の砲声は、クレヴァスのある場所への冒険者の派遣という、クロウたちにとってありがたくない結果をもたらしたのである。
明日から新章ですが、内容的には本章と続いています。




