第五十章 ドラゴン再び 1.クレヴァス
クレヴァスの風物詩、ドラゴンの襲来です。
その若いドラゴンは苛立っていた。自分に相応しい領地を見出せない事に。魔力を感知して来てみたが、あの二つのダンジョンは危険すぎる。とても手を出せるような代物じゃない。折角来てはみたが、自分がこの地を領有する事はかなわないようだ。忌々しい。
その若いドラゴンは苛立っていた。自分が喰らうべき魔力を持ったものがいない事に。それどころか、単に飢えを満たすだけの餌すら見つけられない事に。
その若いドラゴンは見つけた。自分の苛つきを発散させるのに丁度いい玩具を。
その若いドラゴンは地上に向けて急降下した。
・・・・・・・・
その小さな動物は走っていた。懸命に走って逃れようとしていた。あそこへ。あの岩山の裂け目へ。あそこなら安全に身を隠せる。
死に物狂いで走る小さな動物の上に、大きな影がさした。
小さな動物は自分の命運が尽きた事を知った。
・・・・・・・・
それはじっと見ていた。小さな生きものが、懸命に自分の下へ逃げ込もうとしているのを。仲間たちとともに見ていた。小さな生きものの上に蹂躙者の影がさすのを。
それは思い返していた。仲間たちに守られたあの日の事を。
それは思い返していた。尊敬する主人から託された自分の使命を。小さな生きものを守るという使命を。
それは自分が何を為すべきかを知っていた。今度は自分が守る番だと知っていた。そのためには躊躇するなと、尊敬する主人から言われた事を憶えていた。
『砲門開扉、二十センチ連装砲塔一番および二番、発射準備。目標、正面のドラゴン、距離三十』
ダンジョンコアの淡々とした声の後に、死神の咆吼が轟いた。
・・・・・・・・
洞窟の外の岩場にいたクロウは、頭を上げて東北東の方を見やった。遠雷のような音が聞こえたような気がしたのだ。
『今、何か聞こえなかったか?』
『確かに聞こえました、主様。でも……何の音でしょう?』
『雷……ですかな?』
『いや……あの音はまるで……待て、クレヴァスのダンジョンコアから念話が届いて……はぁっ!? ドラゴンを撃破したぁ!?』
・・・・・・・・
クレヴァス内の広場に、若いドラゴンの屍体が置いてあった。
『……一番砲塔だけで仕留めたのか?』
『とどめはアインが。肺の中に火球を撃ち込んで。二番砲塔も準備していたんですが、必要ないと判断しました』
うわぁ……。
『あ、でも、ほとんど瀕死の状態でした。手早く片づけた方がいいかなと思っただけですから』
アイン、お前、フォローのつもりか?
『しかし……ネズミ一匹を救うために二十センチ砲ですか……』
『法外と言えばそうかもしれんが、ネズミ一匹を追いかけ回すドラゴンの方がよっぽど法外な莫迦だ』
『ネズミ一匹を襲ったばかりに斃されたドラゴン……』
『……哀れですぅ』
『いや、ネズミ一匹と言うがな、一個の命には変わりないんだぞ? 命に軽重を付けるような真似はするな』
『申し訳ございません、ご主人様。我ら、けしてそのようなつもりはございませんでした。ただ……何というか……』
『……まぁな……気持ちは解らんでもない。しかし、レブが取った行動に何の問題もない事も事実だ』
俺が窘めると、皆は口々にレブをはじめとしたクレヴァス組に謝罪していた。うちの子たちは皆、基本的にいい子なんだよ。
『で、外の戦闘フィールドに墜ちて来た屍体を、騒ぎにならないように取り込んだわけだな?』
『はい。万一誰かに見られてはと思いまして』
うん、いい判断だ。
『その判断で間違ってない。あの砲声は結構遠くまで響いた筈だ。確認に来る者がいないとも限らんしな』
『クロウ様、音を消す方策を検討すべきでしょうか?』
むぅ……しかし、消音の結界というのがあるにせよ、開放空間を飛び回るドラゴンを結界内に捉えるのは難しいんじゃないか?
……いや、待て。地球世界と違って使用しているのは炸裂弾じゃない。だとすれば、音の発生源は砲側のみ。それなら……
『ロムルス、遮音の結界のようなものはあるのか?』
『はい。使いますか?』
『うむ。レブよ、聞いてのとおり砲塔を遮音結界で覆って試射してみてくれ。着弾時の衝撃音はどうにもならんが、発射時の轟音は緩和できるかもしれん』
『かしこまりました』
うん、一瞬コイルガン――レールガンの親類筋だな――の開発を考えたが、そこまでやる必要はないだろう。遮音結界でいけるんじゃないか。
『ですが……クロウ様、今回は一頭だけ、しかも不意を衝く事ができましたが、多数のドラゴンや飛竜に空からやって来られたらいささか厳しいかと』
『……確かにな。射程と速射性能に優れた兵器を開発する必要があるか……』
米海軍が装備しているゴールキーパーのようなCIWSの開発を考える必要があるか。それともいっそ、高初速長射程のレールガンの実用化でも目指すか? しかし、レールガンは必要とする電力がなぁ……二十五メガワットだったっけ? 魔晶石を使っても足りんかもしれん。砲身の冷却の問題もあった筈だし、レーダーもないのに射程二百キロは完全にオーバースペックだろう。と、なると、CIWSが現実的か……。
考えに耽っていた俺の注意を引き戻したのは、レブからの質問だった。
『それで、クロウ様、このドラゴンをどうしましょう?』
『うん? レブとクレヴァス組が仕留めたんだし、お前たちで食っていいぞ?』
そう言ったんだが、皆が一丸となって辞退した。この前のように全員で分け合うのならともかく、独占するような真似はしたくないそうだ。結局、この前と同様に解体して、一部を皆で分け合って食べた。前のドラゴンの肉もまだ食べきっていないんだが……。
あ、骨や皮は素材として俺が貰い受けた。いや、キーン、二頭目のスケルトンドラゴンの予定とか無いからな?
再度のドラゴン襲来が各方面へ影響します。次話以降はその話になります。




