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第四十九章 エッジ村アクセサリー事情~夏祭りの準備~ 2.クロウの飾り職人哀歌

クロウがまたも無自覚にやらかします。

 ホッブさんの手になる木彫りの台座だとどうしても大きめになるのが、俺には少し気になっていた。細工自体は見事なんだが、アクセサリーとしてのサイズが大きいものばかりだと、どうしても使い所が限られる。村の女性全員が同じようなファッションになるんじゃないか。やはり個性は出したいだろう。


 と、言うことで、こっそりワイヤーアクセサリーを作ってみた。以前にエルフに見せるための試作品を作ったことはあるんだが、あの時は研磨しただけで形を整えてない天然石を使ったんだった。……丸玉をワイヤーで包み込むって難しいのな。コツを掴むまでは失敗ばっかりだったよ。……完全な球形より、ラグビーボールのような楕球形の方が若干作りやすいかな。楕球形の丸玉もある程度作っておこう。


 材料のワイヤーだが、高い素材は駄目だろうということで(しん)(ちゅう)線を使ってみた……(しん)(ちゅう)ってこの世界にもあるよな? 慌てて爺さまに確認したが、大丈夫らしい。そう言えば、バンクスのアクセサリーショップでもそんな事を聞いたっけな。すっかり忘れていたよ。


(しん)(ちゅう)の方は大丈夫じゃが、お主が使っておるような細い針金はあまり見かけんぞ?』



 この世界でも金属の伸線を作る技術は――地球世界と同様のものが――確立されているが、現時点でそれほど需要が大きいわけではないため、工業的な大量生産には至っていない。まして強度に不安のある細い針金などは、まだまだ珍しい部類に入っていた。



『うん? 錬金術で作れるんだから大丈夫だろ?』



 勿論大丈夫ではない。クロウの認識と現実の間には大きなずれがある。第一に、クロウにできるからといって他の錬金術師にできるとは限らない。一定の太さを維持した伸線を錬金術で作るのは、それなりに技術が必要になる。第二に、それ以前に錬金術師の数はクロウが思っているほど多くない。第三に、金属の伸線を作る力量のある錬金術師がいても、需要のはっきりしない伸線の生産などに(たずさ)わる者はほとんどいない。第四に、クロウはすっかり失念しているが、この世界では針金細工のアクセサリーというのは馴染みがない。


 結論として、クロウが作ろうとしている針金細工のアクセサリーは、世に出た時点で人目を引くのはほぼ確定していた。しかしクロウはその事を知らない。



『本当に大丈夫かのう……?』



・・・・・・・・



 爺さまが何か(つぶや)いていたようだが、大した事じゃないだろう。幾つかできた試作品を持ってホッブさんの工房に出かける。この試作品が受け入れられれば、俺とホッブさんが手分けして作ればいいから、ホッブさんの負担は半減するはずだ。


 ホッブさんに試作品を見せたら目を輝かせた。いや……ホッブさん、あなた、こっちにも手を出すつもりですか? いや、興味があるのは解りましたから、とりあえずは木工細工の方を……って、聞いちゃいないよ、この人。


 結局、針金細工の技法についても一通りホッブさんに説明する羽目になった。技術的にはそう難度の高いものじゃないし、ホッブさんには物足りないだろうと思っていたんだが、それはそれ、これはこれらしい。


 ホッブさんと技術的なことをあれこれと話していたら、お客さんがみえたようだ。おや……お客さんはご婦人方か。丁度良い。試作品の評価をしてもらおうか。



 ……試作品の評価は上々でした。えぇ、注文も出ましたとも……全員分(・・・)。仕事の量が倍になっただけでした……。



・・・・・・・・



 諦めて山小屋で――本当はマンションの自室で――針金細工に励もうとして、ふと夏祭りのことを聞いてみる。


 この世界の夏祭りというのは新年祭と対をなすもので、元々は一年の半分を無事に過ごせた事への感謝と、一年の残り半分も無事に過ごせるようにとの祈りを、各々が信じる神に捧げる行事なのだという。新年祭とは違って特定の日時が決まっているわけではないが、大体は七月の上旬に行なわれるらしい。なのでこの期間は、丁度新年の余日と同じような感じで、休みや半休にするところが多いという。この辺りの住民も、互いに近くの村々を訪れて交流するのが慣例になっているそうだ。若い男女に出会いの機会を提供する役割もあるそうで、人間も亜人もとっておきの晴れ着を(まと)って他村を訪れたり客を迎えたりするそうだ。


 ……とっておきの晴れ着(・・・・・・・・・)? それってつまり……


「今俺たちが準備してるアクセサリーってそのための?」

「んだな」

「……つまり、このアクセサリーが近隣一帯の住民の目に触れる?」

「んだ……」

 おい、冗談じゃないぞ……。


(とぼ)けるか、行方をくらますがええだに」

『!』

『!?』

 いや……ライ、キーン、ホッブさんは口が重いだけでちゃんと話せるからな?


 ホッブさんが言うには、アクセサリーの肝となる丸玉の入手先が村にいなければ、どうとでも言い抜けられるだろうとの事だった。それだけでは少し不安なので、ここでエルフというカードを切っておく。ホルンを通して諒解は貰っているしな。


「あ、そう言えばエルギンの町で、エルフの女性が同じような丸玉を身につけていたのを見ましたよ」


 これ自体は嘘じゃないしな。こっちの供給元も俺なだけだ。


「んだか?」


 ホッブさんは何か言いたそうだったが、結局何も聞かずにいてくれた。小屋へ戻って細工をするからと言って、ホッブさんの工房を辞去する。



・・・・・・・・



 そう言えばホッブさん、人間も亜人も(・・・・・・)って言ってたよな……。


 嫌な予感がしたのでホルンに連絡を入れてみる。


『ああっ、精霊使い様……』


 疲労と絶望を(まと)ったようなホルンの声を聞いただけで、大体の事情を察することができた。


『……夏祭りか?』

『はい……』


 泣きそうな声でホルンが答える。


『……三日待ってくれ、丸玉の準備をしておく』

『あ……ありがとうございます……』


 はい、残業決定。

「自業自得」がクロウの枕詞になりつつあります。

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