第四十八章 ヴァザーリ伯爵領 5.聴衆
講演の様子~聴衆サイドです。
マナステラからやって来たエルフの商人たちは興奮していた。
シャルドで発見された奇妙な遺跡についての講演会が開かれると聞いて、話の種に――上手くすれば商売の種にも――なるかと期待してやって来たのだが、これは想像以上だ。千年近く前のエルフと人間が手を取りあっていた? 事によると魔族とも? この話が母国に伝われば、母国のエルフや獣人と人間との関係は大きく変わる。そしてまた、森での生活にしがみつく旧弊なエルフの年寄りたちも、その態度を変えざるを得ないだろう。何しろ千年以上前のエルフが森を離れて荒れ地に進出し、人間たちと共同生活を営んでいたというのだから。
エルフの商人の考えは、若干ではあったが、事実を自分の都合のいいように偏向させていた。マーベリック卿の講演に拠れば、第一に、封印遺跡の年代は六百年から七百年前であって千年前ではない。ましてや千年以上前ではない――エルフの商人の心中では、早くも「千年近く前」から「千年以上前」にアップグレードされているようだが。第二に、エルフが遺跡にいた事を示唆する痕跡はあっても、多数のエルフが荒れ地に定住していた証拠はない。そして第三に、遺跡の建造にエルフと人間が関わっていたとしても、シャルドの地で恒常的に共同生活を送っていたとは限らない。
しかし、エルフの商人にとってはそんな厳密性は些細な事であった。彼らは自分たちが受け取った内容――マーベリック卿が講演した内容ではなく――を母国に伝えるつもりであった。
それが母国のエルフたちの地位を安定させるのに好いと思えたから。
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王国の南に位置する軍事国家テオドラムからやって来た男は警戒を強めていた。
イラストリア王国内で奇妙な内乱のようなものが起きているという報告に接し、状況確認のためにこの国へ入ったのだが……確かに奇妙な事態が起きていた。どうやら未知の勢力がヤルタ教に敵対しているらしく、ヤルタ教の影響が強い貴族領が狙い撃ちされているようだ。
しかし、問題なのはそこではない。全く新規な手法――人心と経済の攪乱――による攻撃を、この国が経験した事自体が重要だ。軍人や為政者は、自分たちを攻撃した手段については――それが有効な手法であれば猶更の事――被害の分析と対策の検討を怠らないものだ。すなわち、今やこの国は新規な攻撃手段を知り、その対策を立案している筈。我がテオドラムの隣国が戦の経験を積むという事は、それがどのような内容であっても好ましくはない。
それに加えて今回の遺跡だ。講演者の話から察するところでは、あの遺跡には大隊規模――実際にはそこまで大きくはない――の兵士を駐屯させる事が可能なようだ。しかも、ダンジョンとやらの能力を参考にして、重厚な防衛能力を付与する予定であったらしい。
拠点に立て籠もる敵を撃破するには、敵の三倍以上の兵力が必要だという。つまり、あの遺跡を攻めるには少なくとも三個大隊が必要という事だ。それに加えて、遺跡を解析して得られた古代の知識とやらを使われたら、どれだけ手強い拠点になる事か。もしも同様な拠点をあちこちに造られたら、攻め手の損害は甚大なものになるだろう。
我がテオドラムの安全保障のためには、彼の遺跡の構造および古代の技術について、早急に調べ上げる必要がある。
……もしくは、この国がそれらの技術を自家薬籠中のものとする前に、この国を踏みつぶす必要がある……。
この事は早急に本国へ伝えねば……。
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ヤルタ教中央教会からこの地に派遣されて来たハラド助祭は頭を抱えていた。
あの学院長め、選りにも選って亜人どもと人間が手を取りあっていたなどという幻影を得々と喋るとは……。我がヤルタ教の教義に理解のある者と聞いていたが……冗談じゃない。背教者、涜神者もいいところじゃないか。
今回の講演は、聖魔法を帯びた魔族という未知の敵に動揺した市民を――王国の主導ではなく我がヤルタ教の威光の下に――落ち着かせるのが目的だ。亜人と人間が敵対していなかったなどという妄説をぶち上げれば、確かに動揺は収まるかもしれんが、我がヤルタ教の面子は丸潰れだ。あの学院長め、実に困った事をしてくれた。
学院長の立場が立場だし、こっそり舞台から消えてもらうわけにもいかん。
今夜にも中央に急使を飛ばして、教主に仔細をお伝えしなくてはなるまい……。
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魔族の男は考え込んでいた。
モローに引き続いてシャルドにまで、妙なダンジョンが出たらしいと聞いてやって来たんだが……。六百年から七百年前だと? 王国での戦乱を避けて、魔族全体がこの国から退いていた時代じゃないか。確かめようにも手立てが無い。
ダンジョンとしてはかなり変わった構造のようだが……詳細まではさすがに明かしてくれなかったな。記憶を盗む魔術もあるが……どうやらあの学院長自身はダンジョンに立ち入った事が無いらしい。伝聞情報だけとすると、知っている内容も限られるし、何より確実性に疑問が出る。王国側にしても、何もかも正直に話すとは思えんからな。
モローのダンジョンも随分と変わっているらしいが、このダンジョンも相当らしい。選りに選って聖魔法とはな……。一体どんなダンジョンなんだか。
……何者が造ったのだろう。聖魔法を使っている事からして魔族ではない……ない筈だ。それとも……あの学院長が言うように、魔族と人間が協力していたというのか?
遺跡だけの話じゃない。ここヴァザーリには、以前に聖魔法を帯びたスケルトンドラゴンが現れたという。聖魔法という共通点がある以上、遺跡を建造した者と無関係とは思われないが……。一体どんなモンスターなのか? 一体何者がそのスケルトンドラゴンを使役しているのか? その目的は何なのか? そして、どこからやって来たのか?
魔族の男は深く考え込んでいた。
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パートリッジ卿は講演の内容に感銘を受けていた。
この度発見された封印遺跡の特殊性については、どうやら確かな話のようだ。ならば、同じシャルドの地に二千年ほど先行する形で造られた古代遺跡はどうなのか。あの遺跡にしても、判っている事はそれほど多くない。未整理の出土品を整理していけば、何か新しい事実が見つかるかもしれん。
パートリッジ卿はふと、最近できた年若い友人の事を思い出した。彼に挿絵を描いてもらった本は先頃上梓できたが、あの時点で封印遺跡の事が判っていれば、些かなりと内容を追加できたのにと、少し残念に思うパートリッジ卿。まぁ、あの本の内容は基本的に出土品の解説のみだし、次の本で考察すればいいだろう。若い友人と再会した時には、この講演会の話をしてやろう。きっと興味を持って聞いてくれる。
確かに、クロウならば興味を持って聞くだろう。興味の方向はパートリッジ卿が思っているのとは違うかもしれないが。
……それにしても、儂が発見した古代遺跡といい、この封印遺跡といい、いずれも亡んでいるのは偶然の一致だろうか? このシャルドという地には、何か滅びをもたらすような立地条件があるのだろうか。これはこれで面白い研究テーマになるかも知れん……。
パートリッジ卿は新たな研究の方向性が次々と湧き上がってくるのを感じて、静かな興奮に身を委ねていた。
講演の受け止め方も様々であるわけで……。




