第三百十四章 湖の秘密~第三幕~ 8.目撃者たち(その2)
さて――ラスコーをはじめとする見物人の度肝を抜いた「怪獣大決戦」であったが、その観客はマーカス側にだけいた訳では無論ない。「誘いの湖」がマーカスとテオドラムの国境線上にある以上、当然テオドラム側でもその一部始終が目撃されていたのである。
尤も、テオドラムは最初に怪魚の噂が流れた時点で手際良く湖への通路を封鎖していた。それ故にテオドラム側でこの大イベントを目撃できたのは、湖の監視に駆り出されて、それまで不平を鳴らしていた兵士たちだけであった。まぁその兵士たちは、不運転じて一大イベントの目撃者という栄誉に輝く事になり、大いに気を好くした……のは、後になってからの話である。何しろ「大決戦」の最中には、こっちに迸りが来ないようお祈りするのに必死だったので。
ただ、そんな兵士たちの中でも、一部には胆の据わった連中がいたようで、
「何てぇ急降下だ……」
「身体を真横に傾けての横転降下か。……テオドラム軍の飛竜兵にもできるかな?」
「十中八九、無理だろうな。その後の水平機動も並みの技じゃない」
「騎手が乗らずに飛竜単独でも、あそこまでの事はできんだろう」
「何だ……あの横転飛行は……」
「宙返りからの捻り込みも尋常な技じゃないぞ……」
「ただの曲芸じゃないんだな……ああやって地上――この場合は湖面だが――からの攻撃を躱しているのか」
「おぃ……これ、素直に報告したら、飛竜兵のやつらに怨まれるんじゃないのか?」
「……飛竜兵だけじゃないな。弓兵や砲兵――この場合は投石機を扱う部隊――の連中からも怨まれそうだ」
「あれだけの空戦機動を見せる飛竜……スケルトンワイバーンがいる以上、空戦と対空戦の技能向上は必須だからな」
「開発本部の連中は、嬉々として研究をおっ始めそうだが」
傍目八目にそんな評定を――確りと遮蔽物の陰に身を隠しながら――交わしていると、やがて戦闘は終焉を迎え、スケルトンワイバーンは虚空の彼方へと飛び去った。
「えーと……」
「怪魚がワイバーンを追っ払った……のか?」
「危機は去った。……そう判断していいものかな?」
「どうかな? 抑あのワイバーン……スケルトンワイバーンが、脅威だったのかどうかも解らんのだし」
「人を襲う様子は見せなかったからなぁ。……歯牙にもかけないという感じではあったが」
「だが、潜在的な危険度という意味では、やはり活動範囲の広いワイバーンをこそ警戒すべきだろう。怪魚は湖から出て来ないだろうし……来ないよな?」
「………………多分」
「ともかく、上には報告を上げるしかあるまい」
・・・・・・・・
――という感じで、目撃証言を集めた報告が提出されたのだが……最終的にその報告を受け取った国務会議も、揃って頭を抱えるしか無かった。
ただし、その理由は兵士たちの考えていたのとは、少し趣が異なっていたのだが。
「『誘いの湖』の怪魚が、スケルトンワイバーンと争った?」
当惑の声を上げているのはジルカ軍需卿だが、他の面々も似たような表情を浮かべている。あれらはどちらもダンジョンマスターの指揮下にあるのではなかったか?
「いや……スケルトンワイバーンはシュレクのモンスターだろうし、『誘いの湖』は『災厄の岩窟』に附属するものだから……ダンジョンとしては別物なのかもしれんが……」
マーカス側から見たスケルトンワイバーンは、嘗てマーカス軍を「災厄の岩窟」に――正確には後に「災厄の岩窟」となる場所に――案内したモンスターという認識なのだが、テオドラムもそこまでの事は探り出していない。故にテオドラムから見たスケルトンワイバーンは、飽くまでシュレクのモンスターという位置づけであった。
なので今回の「怪獣大決戦」も、ダンジョンのモンスター同士が争ったのかという解釈になってくる。
だがしかし、シュレクと「災厄の岩窟」は――国務卿たちにとっては不本意千万ながら――テオドラムへの態度という点で、共同歩調を取っていたのではなかったか?
「共同歩調を取っていたからと言って、仲が良いと決まった訳でもないからな」
「まぁ、それはそうだが……」
「それに、ダンジョンマスター同士の仲が悪くなくとも、配下の者まで仲良しと決まった訳ではない」
「まぁ、ちょっとした食い違い睨み合いから、退くに退けなくなって諍いに発展する……というのも能くある話だしな」
話の流れが段々と、自分たちにとって好ましくない方向に進んでいないか?
「いやまぁ、飼い犬同士のじゃれ合いとでも思って、然して気にも留めていない……という事も考えられるが」
「あぁ、成る程」
それなら少しは気が楽だ。
だが…………〝という事も考えられる〟という事は……
「……逆に最悪、我が国がダンジョンマスター同士の抗争に巻き込まれる事も考えられる……と、いう事か?」
引き攣ったような笑みを浮かべた軍需卿の問いかけに、答える声はどこからも上がらなかった。




