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第四十八章 ヴァザーリ伯爵領 4.講演者

講演の様子~演者サイドです。

 その講演は歴史に残る名講演となった。



「……以上のように、この『封印遺跡』は明らかに軍事施設として建造されながら、途中で建造が打ち切られたのだと考える事ができます。では、なぜ建造が途中で打ち切られたのか。最初に思いつく解答は、戦況の悪化に伴い完成が間に合わなくなったというものでしょう。しかし、我が学侶(がくりょ)であるスパイン教授が周囲の地層を広い範囲で調べましたが、戦禍の跡を思わせるような炭や破片は全く出土しませんでした。つまり、建造者の撤退後もシャルドが戦火に呑まれた事はなかったという事です。言い換えると、シャルドの地に迫った戦乱が建造を打ち切らせたとは思えません」



 市民相手に講演をしている最中にも、王立講学院学院長マーベリック卿は心地よい興奮に身を任せていた。



 あの「封印遺跡」は実に素晴らしいものだ。遺物らしい遺物はほとんど残されていなかった――ある意味では未使用の「遺跡」なのだから当然だ――が、僅かな例外としてスパイン教授が見せてくれたのは、明らかにエルフ用とみられる破損した短剣であった。その一方で、遺跡内の随所に魔石を()め込むためと(おぼ)しき窪みがあった。高い魔力を持つ魔族やエルフだけなら、あれほど多くの魔石を準備する必要はない筈。つまり、遺跡内で活動するに際して魔石を必要とするような者が、エルフ以外にいたという事になる。恐らくは魔族・エルフと人間が――場合によっては獣人も――協力して(・・・・)あの施設内に籠城(ろうじょう)する予定であったのだ。


 森から離れようとしない今のエルフに較べて彼らはどうだ。荒れ地というほどではないにせよ、当時も決して木々が多いとは言えなかった筈――花粉分析で裏付けられている――のシャルドの地で、人間たちと協力して敵に当たろうとしていたのだ。何という気概、何という勇気か。



 当時のエルフたちに想いを馳せた学院長の言葉はいやが上にも力強く、聴衆の心を打った。



 それほどの心意気を持ったエルフたちが、なぜ要塞――遺跡などと言う曖昧な言い方をしてどうなる。あれは紛れもない要塞だ――の建造を中断したのか。スパイン教授などは不思議がっているようだが、理由ははっきりしているではないか。単に、無益な戦いを嫌ったのだ。


 あれほどの要塞だ。籠城(ろうじょう)戦となれば甚大な被害を相手に()いたのは間違いない。だが、彼らはその選択をよしとしなかった。自分たちの被害を恐れたのではない、相手が(こうむ)るであろう被害を(あわ)れんだのだ。魔族が、そしてエルフが、無用な流血を避けたのだ。何と気高い者たちであることか!

 


 マーベリック卿は亜人排斥派と見られがちだが、国家のように高度な社会を持たない亜人たちを社会学者の視点から低めに評価しているだけで、亜人たちに厳しく当たっているわけではない――森の中に引き籠もり気味のエルフに対しては、無気力だの気概がないのと厳しい評価を下していたが。そんなマーベリック卿だけに、シャルドの封印遺跡にいたであろうエルフは、今の惰弱なエルフとは全く違う、気高さと力強さを備えた者のように思えた。



 マーベリック卿の講演は、いつしか単なる封印遺跡の紹介から離れていた。異なる種族の者が協働していたあの地に何があったのか。言い換えれば、あの地から何が失われたのか。異なる種族の者たちをして協力に至らせたのは何なのか。異なる種族の者が協力するには何が必要だったのか。何があれば、種族を(こと)にする者たちが協力し合えるのか。力強く訴えるマーベリック卿の口調には、亜人排斥派などと(そし)られるものは()(じん)も感じられなかった。人間も、亜人も、皆心を奪われたかのように、マーベリック卿の話に聞き入っていた。



 後にマーベリック卿はこう語っている。何が私にあの講演をさせたのか判らない、同じ講演をもう一度やれるとは思えない、と。



 人間と亜人の関係を変えたと言われるこの日の講演は、マーベリック卿にとっても会心の出来だった。彼は、自分の今までの研究生活は、まさにこの封印遺跡というテーマに出会うためのものだったとまで感じていた。



 クロウが深い考えもなく生み出した遺跡(うそっぱち)は、この世界の秩序にまで影響しようとしていた。

もう一話投稿します。

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