第三百十四章 湖の秘密~第三幕~ 7.目撃者たち(その1)【地図あり】
……という一部始終を目撃して放心する目撃者たち。
その中には、カーンの街から乗合馬車で「誘いの湖」までやって来て、丁度大決戦の後半部を目にする事となったラスコーの姿もあったのである。
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(な、何だ……あれは……?)
八日ほど前にマイカールを発ったラスコーはカーンの町に到着すると、偶々そこに居合わせた乗合馬車が「災厄の岩窟/誘いの湖」行き――呆れた事に最近では定期的に乗合馬車が出ているらしい――であったのを機に、湖へと足を伸ばす気になった。
[マーカス~モルヴァニア周辺地図]
三日ほどの旅程を経て、漸く噂の地が見えてきたという段になって、御者が頓狂な声を上げた。
何事ならんと――他の客共々――窓から身を乗り出して前方に目を遣ったところで見たものが、件の怪獣大決戦であった訳だ。
寸刻の硬直の後に気を取り直したラスコーは、依然として呆けている御者や他の客たちを尻目に、さっさと馬車の屋根に攀じ登ったのは、情報屋としての訓練と矜恃の為せる業であろうか。
文字どおり〝高みの見物〟を始めたラスコーの前で、グレータースケルトンワイバーンは戦闘機も斯くやと言わんばかりの華麗な空戦機動を見せ、怪魚たちが放つ水弾の弾幕を躱していく。その鮮やかな美技に目を奪われていたラスコーは、他の客たち――と御者――が同じように屋根に登って見物・感嘆していたのにも気付かなかった。
怪魚たちの弾幕射撃を見事に躱したスケルトンワイバーンは、今度はこちらのターンとばかりに急降下からの水平機動を見せ付ける。その煽りを喰らって巨岩上の桟敷から見物客が吹っ飛ばされたりしたが、幸いにして離れた位置から見ていたラスコーたちに被害は及ばなかった。どちらかと言うと、胸の空くようなおまけを見せられた気分である。
「「「「「うぉぉっ!!」」」」」
一際大きな叫びを上げたのが誰なのか、ラスコーには判らない。いや、ひょっとしたら自分もその中に交じっていたのかもしれないが、それすら意識に上る事は無かった。そんな事を考えているゆとりなど無い。
何しろラスコーたちの目の前では、スケルトンワイバーンが一頭の巨大な怪魚を掴んで空中へ飛び去ろうとしているのだ。
これで勝敗は決まったかと思いきや、捕まえられていた筈の大怪魚が、その身を水に変じて――正しくは〝水に戻して〟かもしれないが――束縛を逃れ落下した。
急にウェイトを失ってバランスを崩したワイバーンに、湖面からの水弾が集束する。
尚も未練がましく空を舞っていたスケルトンワイバーンであったが、やがて諦めが付いたかのように、空の彼方へ飛び去って行った。
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(何かネタの一つでも拾えれば儲けもの――ぐらいに思って観光気分でやって来てみたら…………とんだ場面に出会したものだ……)
恐らくはラスコーの人生でも一世一代、いや空前絶後の大事件、その目撃者となったのだ。情報職としては本懐を遂げたと言っていいだろう。
感動に打ち震えていたラスコーであったが、その耳に乗客たちの囁き話が聞こえてくる――情報職としては決して聞き逃せない会話が。
(「えーと……襲って来たワイバーン――ワイバーンだよな?――を、湖の魚の化物が追っ払った……って事で……いいのか?」)
(「〝襲って来た〟というのとは少し違うように思えたが……概ねはその理解でいいのではないかね?」)
(「ワイバーン……あのスケルトンワイバーンも、こっちを襲うような素振りは見せなかったからなぁ……」)
(「ワイバーン、わるもの? ちがうの?」)
(「どうかしらねぇ……悪者とはちょっと違うみたいだけど……」)
(「まぁ、しょっちゅう来られたら困る相手ではあるだろうね……(誰かのように)」)
(「貴方……(余計な事は口走らないようにしてくださいな)」)
(「おっと、これは失礼」)
(「……能く解んねぇけどよ、あの化物魚がいりゃあ、又候骨のワイバーンが来ても、追っ払ってもらえるって事か?」)
(「うーむ……守り神というにはちとアレじゃが……そういう事もあるかもしれんのぉ」)
(「だとしたら……あの怪魚を釣り上げるなんて、言語道断の話になりますね」)
(「ま、それ以前に、あんな化物を釣り上げるなんざ、土台無理な話だろうけどな」)
乗客たちの囁き話――なぜ囁き声での会話になったのかは不明。ワイバーンと怪魚に聞かれるのを恐れたのかも――を耳に入れたラスコーは、そこで情報職としての本分を取り戻した。
「古代マーカス帝国」仮説信奉派の一部が、「誘いの湖」の立ち入り調査を要請していたそうだが……それは不可能という事になるだろう。いや、仮に国が許可を――意地悪くも――出したとしても、当の信奉派が立ち入るのを拒否するだろう。
(だが……それは「誘いの湖」に関する疑問点のほぼ全てが、未解決のままに置かれるという事でもある……)
未解決であるが故に、却って信奉派の主張を退ける事もできないだろう。或る意味では信奉派にとって最後の拠り所となるかもしれない。
(このネタは一刻も早く依頼人に報告すべきだが……もう少しだけ周りの意見も訊いてみた方が良いかもしれんな)




