第三百十四章 湖の秘密~第三幕~ 6.怪獣大決戦~空より来たるものvs水底に棲まうもの~(その3)
――開戦の切っ掛けなど何も無かった。
ただゆっくりと空中を遊弋していたスケルトンワイバーンが、ごく自然な様子で九十度のバンクを決めただけだ。……が、その結果は思いがけぬほど急激なものであった。
垂直に横転した事で翼が揚力――皮膜も何も無い骨格だけの翼にそんなものがあるかどうかすら疑わしいが――を失ったかのように、スケルトンワイバーンの身体はそのまま急降下する。湖面間近となったところで翼の傾きを元に戻すと、そのまま横に滑るように移動した。
アクロバティックな動きで眩惑した後、スケルトンワイバーンは怪魚、それも数頭いるうちの頭立った一頭に死角から急接近して襲いかかったが、大怪魚はそれを読んでいたかのように水中へ潜ってその一撃を躱す。
スケルトンワイバーンはそのまま滑るように飛び去ると一気に急上昇を決め、怪魚たちの攻撃範囲から逃れた。
初太刀は共に五分と五分の分けといったところか。
「す……凄ぇ……」
「化物の争いってぇより、何か達人同士の名勝負って感じが……」
二本目。
今回先手を取ったのは怪魚たちであった。
水面に顔を覗かせて散開した状態から、恐らくは水魔法であろう水弾の乱射乱撃を見舞ったのである。
だが、その濃密な弾幕射撃をスケルトンワイバーンは、エルロンロール、インメルマンターン、ナイフエッジループなどの高機動マニューバで見事に擦り抜け、躱していく。それは宛ら空戦技術の見本市の様相を呈していた。
『マスター、凄いですね、あのスケルトンワイバーン』
『坂井三郎の……捻り込みというのは……ああいう感じ……なのでしょうか……』
『大空のサムラィですぅ』
『もしくは空のサーカスか。……あ、ローリングシザース』
『相当に修練を積んだようでございますな』
『一応ドローンで基本の動きは教えておいたんだが……あれは寧ろ怪魚の操演班を称えるべきだろう。ギリギリのところで外れるように弾道を制禦してるじゃないか』
その後もヒラヒラと蝙蝠のような動きで水弾の乱射を躱していたスケルトンワイバーンであったが、このままでは埒が明かないとでも思ったのか、一転して急降下から湖面スレスレの水平機動に移る。亜音速で湖を瞬時に縦断すると、岩海の周縁を大きく廻って怪魚たちの死角に潜り込み、そこから一気に距離を詰める。
地上スレスレの高機動の余波で、並み居る見物人たちを吹き飛ばしながら。
『……まぁ、マッハの衝撃波を浴びせてないだけマシだろう』
『あっ、マスター、ラド○ですね』
『あぁ……空の大怪獣』
『初登場は……一九五六年……総天然色……でした……』
『福岡のデパートが倒壊していましたな』
『屋上にぃ、遊園地がぁ、あったよねぇ』
『……詳しいなお前ら』
……などとクロウたちが暢気に会話している間も、巨岩の上から見物客がバラバラと吹き飛ばされているのだが。
『口から超音波を発射しないだけマシじゃない?』
『あぁ……空の僕ですね』
『シャノア……お前もどこでそういうネタを拾って来るんだ?』
気の抜けそうな会話が交わされている間にも、スケルトンワイバーンと大怪魚たちの死闘(?)は続く。死角から廻り込んだワイバーンが、揃えた両足の爪をがっしと打ち込んだかと思うと、頭立った大怪魚を掴んだまま上空に舞い上がる。
捕獲された大怪魚、それも自分の体長を超えていそうな大物が酷く暴れるため、ワイバーンもバランスを崩して飛びにくそうだ。しかも湖面からは、取り残された怪魚たちが怒り狂ったように水弾を撃ち上げている。
はて、この先はどうなるのか――と、手に汗握って成り行きを見守る観客たちであったが……
「……あ?」
「な、何だ?」
「魚の身体が……溶けた……のか?」
身を捩って藻掻いていた大怪魚の身体がズルっという感じで崩れたかと思うと……水飛沫に変じて落下する。突如ウェイトを失ったスケルトンワイバーンはバランスを崩し、そこに湖面からの水弾が集束する。
名残惜しげに……と言うか、未練がましくその後も上空を廻っていたワイバーンであったが、やがて諦めが付いたのか、湖を後にして飛び去った。




