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第四十八章 ヴァザーリ伯爵領 3.講演開始前

講演開始前の状況です。

 イラストリア王国王立講学院――通称、「学院」――の学院長自らによる、シャルドの封印遺跡についての講演会当日。開始にはまだ時間があるにも(かか)わらず、会場には既に多くの聴衆が詰めかけていた。


 それも無理のない話ではある。シャルドの封印遺跡は、扉や壁などの構造材はダンジョンの壁と似た性質を持っていながら、聖魔法による結界と封印処理を受けた痕跡があるという、かなり異質の存在である。何が異質かと言えば、(くだん)の遺跡が封印されるまでに魔族と聖者が――魔族は建造に、聖者は封印に――関わっているという点である。遺跡に戦闘の痕跡が残っていない事は、両者の間に戦闘がないままに遺跡の封印が施された事、すなわち、魔族と聖者が敵対しなかった事を示している。


 相反する立場の力によって生み出された存在、それはかつてヴァザーリを襲ったスケルトンドラゴンを否応なく思い出させた。ヴァザーリの住民が封印遺跡に対して興味と、そして幾ばくかの不安を抱かぬわけがなかった。


 なので、席を取り損ねて聴きそびれる事があっては一大事とばかりに、皆早い時間から開場に詰めかけていたのである。普段は講演会などに顔を出さない冒険者も、今回ばかりは例外ではなかった。



「……なぁ」

「何だ」

「本当のところ、シャルドの遺跡ってやつは何なんだろうな?」

「……その質問はこれで四回目で、俺の答えも四回目になるんだが……そいつを聞くためにここに来ているんだろうが。いいから黙って待ってろ」



 そう言われても、男はどっしり構えて黙って待つという事ができない性分らしく、しばしの沈黙の後で再び連れの男に話しかける。



「……王家は遺跡をどうするつもりなのかな?」



 内心で盛大な溜息を()きつつ、連れの男は律儀に友人に答えを返す。



「さあな。少し手を入れたら軍事拠点にも使えそうだって話だから、何の管理もせずに放って置く事はないだろう。適当な規模の部隊が駐屯するんじゃないか?」



 実際に、シャルドの封印遺跡には、当面は第五中隊から二個小隊が交代で派遣される事になっている。



「中は相当に広いって噂だからな。そこそこの規模の部隊でも収容できるか」



 二個小隊の兵が駐屯できるだけの空間は、遺跡内で何ヵ所か見つかっている。その多くは分岐点となる広場であり、未完成の小部屋が幾つか付属していた。


 それらの小部屋や広場の壁には穴が開いており、ハーコート卿などは配管の跡と考えていた。しかし、これは実は伝声管であり、遺跡の奥に造られた隠しダンジョン――通称、裏ダンジョン――に繋がっていた。裏ダンジョンにはハイファの分体が待機しており、伝声管を伝って聞こえてくる会話は全て聴取され記録されていた。


 王国上層部が気付かぬうちに、シャルドの封印遺跡はクロウたちにとっての諜報拠点と化していたのである。



 冒険者の男が(しき)りに連れの男に話しかけていたのは、講演開始までの時間を持て余していたためだけではない。会場に漂う微妙な緊張感に耐えかねた部分もあったのである。



 その同じ緊張感を誰よりも強く感じていたのは、会場の警備を仰せつかったヴァザーリ伯爵の私兵――通称、領主軍――で一個小隊を預かっている男であった。彼の心労の原因となっているのは、最前列にほど近い中央の席を占めている一行であった。服装から見てこの国の者ではなく、恐らくは隣国マナステラからやって来た商人ではないかと思える。しかし、ここヴァザーリは腐っても商都の一つである。隣国の商人など珍しくはない。異国人である事を除けば、その一行の特徴は一つだけ――そう、全員が亜人(・・・・・)であるという事くらいであった。



 ()りに()って亜人排斥の気風の強いここヴァザーリで、()りに()って亜人の襲撃で無視できない痛手を被ったこのヴァザーリで、()りに()って亜人への対応が微妙なこの時期に、()りに()って亜人排斥の旗頭であるヤルタ教の教会が主催する講演会に、くり返すが()りにも()って亜人の一行が参加している。


 そりゃ、会場が妙な緊張感に包まれもするわけである。警備担当の小隊長の胃が痛むのも道理である。



 一方亜人たちの方はと言えば、自分たちに向けられる視線にいささか当惑していた。ヴァザーリの事情は聞いていたが、そこは隣国の悲しさ、詳細な事情だの住民感情だのと言った微妙な点までは把握できなかったのである。シャルドで奇態な遺跡が発見され、それについて初めての講演会が開かれると聞いて、話の種に――上手(うま)くすれば商売(メシ)の種にも――なるかと期待してやって来たのだが、この空気は想像以上に微妙だった。しかしそれでも、亜人というだけで蹴り出されたりしなかったのは、例の一件からこっち亜人に対する住民の態度が変化してきた事の表れだろう。以前なら問答無用で追い出されてもおかしくなかったのだから。



(しかし……想像以上に妙な雰囲気になっておるな。やはり奴隷解放戦の件と、その後のスケルトンドラゴンの件は、ヴァザーリ(ここ)の住民にも無視できぬ影響を与えたと見える)



 亜人一行の少し後に陣取っていたパートリッジ卿は、講演開始を待つ間にそんな事を考えていた。シャルドで新しい遺跡――自分が(たずさ)わった古代都市よりもずっと後の時代のものだという話だが――が発見され、しかもその遺跡が前代未聞の性質を持っているとなれば、その遺跡に関する初めての講演に卿が出席しない筈がなかった。



(しかし、クロウ君がいれば間違いなく参加したであろうが、姿が見えぬという事はヴァザーリ(ここ)にはおらぬのかな……)



 クロウがいれば間違いなく参加しなかった(・・・・・・・)であろう講演の開始を待ちながら、パートリッジ卿は若い友人の事を考えていた。

明日は講演の様子が語られます。

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[気になる点] 少し後(ろ)に陣取っていた
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