第三百十二章 特命調査員ラスコー、マーカスへ 10.再びマイカール~困惑するラスコー~(その1)
……とまぁ、迷走と彷徨を重ねたヤルタ教の行動のせいもあって、傍から見ると……さぁ、ヤルタ教の狙いが解らない。
何しろ教団内での意思統一どころか、意思が四分五裂しているのが実情である。傍目には行動が二転三転して見えても不思議は無い。
最初に骨董店に現れたのを見ると、貴族への手土産を調達したいのだとも思えるが……それ以降の行動は〝貴族への手土産〟とは結び付きそうも無いものばかり。寧ろ純然と古代帝国について調べる事を目論んでいる様に見えるのだが、
「何でそんな事をする? ……ヤルタ教は一体何を狙っている?」
単純に考えると、ヤルタ教がそれを欲しているからという事になる。だが、古代マーカス帝国の遺宝というならまだしもの話、帝国成立以前に遡りそうな大昔の事など、調べて何になるというのだ?
「古代帝国成立前……いや……一国が大帝国に発展するまでの……それに至った過程という事か?」
だとするとそれは、取りも直さず〝古代マーカス帝国の繁栄の秘密〟という事になる。
……確かに、あの強欲なヤルタ教が食指を動かしそうな話ではあるが……
「ここのところ失態続きだからな、あの教団は。全くの誤解という可能性も捨てきれない……いや、寧ろそちらの可能性が大きいが……」
それならそれで、誤解に至った経緯というものを知っておくべきではないか?
気にはなるが、これはモルファンの依頼とは無関係……
「いや……マーカス国内の動きというなら、強ち無関係とも言い切れないのか?」
取り敢えず報告するだけしておけば、必要ならモルファンが何か手を打つだろう。こんな大がかりな面倒事、一介の市民が背負い込んでいられるか。
そう割り切ったラスコーだが、他の解釈が成り立たないかを一応考えてみる事にした。
影に怯えて大騒ぎをした挙げ句、それが枯れ薄だなどと判明したら良い笑いもの……どころか、情報屋として鼎の軽重を問われそうではないか。
実際に、少し気になる材料が無いでもない。
「ペトログリフ……とかいったか? 岩に刻んだ呪文とか紋章・印章のようなものだと言っていたが……」
ラスコー本人はペトログリフに該当するものを実見した事が無い。なので、この情報を持ち込んだ者の説明をそのまま鵜呑みにしたのだが……その情報提供者も今一つ解っていなかったものと見えて、未知の文字に見えるもの、およびその連なりを「呪文」、やはり正体不明の模様のように見えるものを「紋」或いは「印」と表現していた。のみならず件の模様については、〝魔法陣みたいなもの〟という形容を添えてもいたのである。
――これがラスコーの印象に、無意識下のバイアスを与える事になった。
「岩に刻まれた呪文に魔法陣? ……そう言えば、ベジン村ではヤルタ教の関係者が、何かの封印を破ったとかいう話だったな……」
ベジン村を訪れたヤルタ教の伝道士、その評判を貶めんものとクロウが仕掛けたのが、ベジン村に端を発する「百鬼夜行」の一件であった。
元々はヤルタ教の伝道士が鎮魂の儀式を行なった後に怪異――の演出――を頻発させ、駄目押しに儀式の跡地に地割れのような痕跡を捏造しておいただけなのであるが……世間の想像力と創造力とは恐るべきもので、いつしか〝某教団(笑)の神官が封印を破って、魔物たちを解き放った〟という話になっていた。
ラスコーはその噂噺を思い出したのである。
噂噺の真偽はさて措くとして、ヤルタ教の関係者が「太古の封印」を目にしていたのなら、同じような「封印(仮)」を目にした時、それと気づいた可能性はある。
その可能性と、今回の件を結び付けて考えると……




