第三百十二章 特命調査員ラスコー、マーカスへ 8.迷走!ヤルタ教(その5)
「例えば、同じ文字(仮)を連ねた語句や文様(仮)が見つかれば、そこには文化や習俗を同じくする者が住まっていた事の証左となる。お申し出にあった〝古代帝国の起源を探る〟という目的にも適うのでは――と」
「成る程……」
あわよくば研究費をせしめようとの魂胆も仄見えるが、話に筋は通っているし、実際に幾許かの成果も出始めているという。
……何か段々〝黄金造りの酒盃〟から遠離っているような気もするが、ちゃんと〝現地の考古学者の協力を仰げ〟という上司の指示に従った結果なのだから、これで間違いは無い……筈だ。
まぁ、一介の手先に過ぎぬ自分が裁量できる範囲など高が知れてるし、本部に話を通すぐらいしかできる事は無いが。
「問題の起点である『レムダック遺跡』の調査が可能かどうかはちと判りかねるが、それでもその周辺でこういった調査を行なえば、何らかの成果を得る事は可能……ではないかと思う次第」
「成る程」
――よし、話題がちゃんと「レムダック遺跡」に回帰した。
「ただ一介の、それも在野の研究者には、貴族相手に立ち廻るのは荷が重い訳で、目下のところは静観を決め込んでいる次第。まぁ、説得するにもそれなりの材料は必要なので、今はそういった資料なり周辺情報なりを集めるぐらいしかできんのじゃが」
「……一応、上に話は通してみるが、貴族相手の折衝までやってくれるかどうかは……」
「構いませぬとも。少々のお骨折りさえ戴ければ、それに見合った成果はお渡しできると愚考する次第」
少なくとも、本部に報告できるだけのものは掴んだ。あとはお偉方の決める事だ。
・・・・・・・・
……という報告を受けたヤルタ教側は、大いに頭を抱える事になった。
「古代マーカス帝国仮説」などという馬鹿騒ぎでマーカスが沸き返っている隙に、貴族の間に適当な伝手を築く事ができれば儲けものと、手頃な土産を探しに人を遣ったつもりが……
「何でマーカスの古代史研究を支援する……などという話になっているのだ?」
探させたのは貴族への手土産だった筈で、学界への伝手ではないのだが。
「いや……確かに得難い伝手には違い無いし、伝手としても悪いものではないのだが……」
「当初の目的であった筈の貴族の間には、未だ何の縁も持てておらんのがな……」
だがしかし、この話をここで打ち切ってしまっていいものか。
「それはあまりにも惜しいだろう」
「うむ。当初の予定とは少しずれたが、これはこれで得がたい伝手には違い無い」
「それに巧く立ち廻れば、信奉派・批判派の双方と誼を通じる事ができるかもしれん」
「そうだな。つまるところ、我々は貴族との伝手を欲しているだけだ。なら、何も物質的な手土産に拘る必要は無いか」
――斯くしてヤルタ教は、マーカスの古代史研究を蔭ながら支援する方針を決定した。
それが如何なる実を結ぶのかは、この時点では誰一人として知る由も無い。




