第三百十二章 特命調査員ラスコー、マーカスへ 7.迷走!ヤルタ教(その4)
「いや、そう言われても……愚生の研究対象は専ら石器でしてな。多分だが、その……『古代マーカス帝国』とやらよりずっと古いのではないかと」
さすがにこの研究者氏は良識というものを持ち合わせていたと見えて、時代の齟齬という点を指摘した。
抑現在のマーカス王国は、大戦乱の後に進出してきた者たちによって建てられた国家であり、それ以降の事はマーカスの国史にも記述がある。
件の「古代マーカス帝国」とやらは――仮説信奉派の言を容れるならば――大戦乱によって滅びた国。つまりはその頃まで国体が維持されていたという事になる。
自分が研究している先土器時代はそれよりずっと古いと思われるので、遺憾ながらご希望には添えないと思う。
「成る程。しかし、歴史というものは過去から連綿と続いている筈。嘗てこの地に大帝国があったというなら、そこに至るまでの軌跡の某か、或いはその萌芽のようなものはあった筈では?」
「確かに、そう言われると……」
自分のような石器研究者の出る幕ではないと思っていたが、これまでに出土した石器の分布や編年から、大勢力の離合集散を推測する事はできないだろうか。この若者はそれを問いかけている。
そして――苟も石器研究者という立場に立つならば、それに「否」とは答え難い。いや、寧ろ遣り甲斐のある研究テーマだとも言えるではないか。
年甲斐も無く心の昂ぶりを覚えた研究者氏であったが、同時にこのテーマが自分一人の手に負えるものでない事も理解していた。
なのでこの研究者氏は、他のイケニ……人材を巻き込む事を躊躇わずに選んだ。
「ペトログリフ?」
・・・・・・・・
聞き慣れない――と言うか初耳の単語に困惑するルイジに対して、その「ペトログリフ」研究者が説明してくれたところによると、
「要は線刻……岩に刻まれた絵や文字、文様の類を指す語ですな」
「成る程……?」
言葉の意味はそれで理解できたが、具体的にどういったものを指すのかというと、ルイジには今一つ解らない。いや……そう言えば、教会の柱や木の幹に、巫山戯た感じに人名が刻まれている事があった。相合い傘とか、上司の悪口とか、出された酒が不味かったとか。
要するに、ああいったものを指す言葉なのか?
「いや……勿論相応に古いものだという前提がありますがの」
「ははぁ……」
要は太古の相合い傘……
「いや……相合い傘からは一旦離れて……いやまぁ、確かにそういう可能性が皆無だとは言えんのだが……」
その研究者氏が熱く述べるところによると、何しろそういった「ペトログリフ」は太古の言語で彫られていたりするので、内容については未知数なのだという。今はとにかく各地の事例を収集している段階なのだそうだ。
そんな出鱈目な落書きみたいなものを集めてどうするのか……という疑念が表情に出ていたのだろう。研究者氏が再び説明してくれるには……




