第三百十二章 特命調査員ラスコー、マーカスへ 6.迷走!ヤルタ教(その3)
――とまぁ、そんな思わしからぬ現状を教えてもらったルイジは、改めて上層部に連絡を取った。自分のような冒険者の役目は、飽くまで手足となって働く事。頭を使ったり悩ませたり抱え込んだりするのは、上層部のお偉方のお仕事です。
難問を投げられた上層部――この場合は渉外担当の部署――でも困ったが、少し知恵の回る者というのは何処にでもいるもので……
「遺物そのものではなく、古代帝国に関わりそうな古文書などはどうだ?」
――という代案を出してきた。
成る程、古代帝国とやらが実在していた以上、それに言及した古文書があるというのは理の当然。仮令同時代のもの、或いは直近のものでなくとも、何かしら言及した文書の類はあるだろう。ワンオフものの遺物などとは違って、写本を作るのも容易な筈。つまりは手に入れ易い筈だ。
さすがに本部のお偉いさんは違うもんだと感心し、入手の可否を問い合わせるべく、大手の骨董店へ足を向けたのであったが、
「……無い?」
「えぇ、ありませんね」
抑の話、「古代マーカス帝国」なるものが話に登場した理由とは、一に懸かって〝他に類を見ない〟酒盃が唐突に現れた事にある。発見者の言い分を信じるならば、それは国境山地の洞窟――ダンジョン跡地ではないかと目されている――からの出土品であり、酒器本体に散見される特徴から見ても、かなり古い時代のものであった。
それが従来の歴史観に収まらない、謂わば「オーパーツ」めいた代物であった事から、その解釈を巡って議論が錯綜・沸騰していく事となる。
単純に考えれば、未知でかつ異質な出土品の存在は、その背後に未知でかつ異質な文化があった事を示唆している。金属加工の精度などからみても、かなり高い技術を持っていた事は疑い無い。
既知の文化集団には該当するものが無かったため、これは未知の文化に属するものとされた。
そして、既知の文化に該当する、或い類似するものが無いという事は、その文化は現・マーカス王国建国以前に遡る可能性が大きい。つまりは古代帝国である。
海外交易によって入手したものではないかとの指摘もあろうが、海を渡った異国からこれだけの品を輸入できたという事は、やはりそれなりに有力な国家や集団の存在を示唆している。
以上、長々と述べてきたが要するに、
「類を見ない代物に言及した古文書なんて、抑ある訳が無いでしょう。今頃になってそれが出て来たとしたら、十中八九は贋物ですよ」
「ご尤も……」
新たな方針が敢え無く瓦解した事で、ルイジは再び本部にコンタクトを取る事になった。本部でも相当に揉めたようだが、ややして次なる指示が送られて来た。
「考古学……?」
〝古代〟帝国というなら考古学だろうと、安直に考えた者がいたらしい。新たに送られてきた指示は、現地の考古学者の協力を仰げというものであった。
「〝現地の考古学者の協力〟と言われても、何処に誰がいるかすら知らないんだが……」
ルイジも困りはしたものの、〝無いものは探す、知らない事は調べる〟というのが冒険者の基本スタンスである。故にこの時も、いいかげん顔馴染みになりつつある骨董店に足を運び、〝現地の考古学者〟についての教えを乞うた。
……ヤルタ教にとって小さな誤算と不幸があったのは、「考古学」という単語の意味するところを、明確に定義づけておかなかった事だろう。
件の骨董店の店員は、「考古学」という単語から先史文化――具体的には石器とか骨器とか貝塚とか洞窟壁画とか巨石文化とか……とにかくそういったものをイメージしたし、ルイジもそれに異を唱える事はしなかった。要は金属の利用が普及する以前の文化である。
レムダック一派が後生大事に囲い込んでいる遺物というのが〝黄金造り〟の酒盃なのに、先金属時代の文化をイメージしてどうするのかという気もするが、不幸にしてこの店員に心当たりがある唯一の考古学者が、先金属時代どころか先土器時代の研究者であったから、そういった些事は脳内で綺麗にスルーされた。
ともあれ――お上のお達し(笑)には従うべしとばかりに、ルイジはその「考古学者」にアポイントを取ったのである。




