第四十八章 ヴァザーリ伯爵領 2.ヤルタ教ヴァザーリ教会
ヤルタ教の影の組織が動き出します。
ヴァザーリの教会に中央から派遣されて来たハラドというその男は、表向きは単なる助祭でしかないが、実は諜報部隊の一隊を率いる有能な前線指揮官であった。見た目は貧相で頼りなげな小男だが、相手を油断させて話を聞き出すには却って都合がよいと思われる。そして、目の前にいる小男がそれだけの存在ではない事を、ヴァザーリ教会を預かる司教は承知していた。
「ハラド殿がわざわざいらっしゃるとは……教主猊下には我らの事をよほど無能と思われておいでのようですな」
「いえいえ、とんでもない事。ヴァザーリの方々はこれほどの災難に遭って、なお神の教えに忠実であろうとする清廉の士。猊下は頻りに感じ入っておいででした」
そんなおべんちゃらをありがたがるほど、司教も若造ではない。ないのだが、人間褒められて嬉しくない理由もまた無いわけで……。
「まさか猊下がそのような事を……。しかし、それではなぜハラド殿が?」
他愛なく相好を崩しながらも、聞くべき所は聞いてくるのはさすがに教会を任されるだけの人物である。
「それはまぁ、清廉の士には頼めないような事ができたとお考え戴ければ」
「なるほど……。ならばその話はそれでいいとして、何か我らにお手伝いできる事はありますかな?」
「では……近頃田舎に出回っているという古代金貨とやらについてご存じの事をお教え願えますか」
この会話で、司教は二つの事を知った。第一に、教主の狙いは古代金貨の紛い物にあるという事。そして第二に、自分はその事を打ち明けられる程度には信用されているらしいという事。司教に協力を拒む道理は無かった。
……そしてまた、ハラドという男がそれを見越して事情を漏らしたという事を察し得るほどの才覚も、やはり司教には無かった。
・・・・・・・・
「さて、これが司教様にもらった贋金の資料だ。諸君の奮闘を期待している」
ハラドという男は、自分が引き連れてきた五名ほどの男たちを前にして言った。彼らはハラドが率いる諜報部隊のメンバーであり、今回のような特殊作戦の経験もそれなりにつんでいた。
「我らにここに行けと?」
「まさか、今頃のこのこ出向いたところで、一味は跡白波と消え失せた後さ。そうでなくてこの資料から、次に一味が向かいそうな場所を読み取ってもらいたい」
「その後は?」
「王国軍が折角来てくれるんだ。充分な働きも無しに帰るのは彼らだって気が引けるだろうし。少しは働いたという実感も実績も欲しいんじゃないかな?」
「……適度に援助した、その後は?」
「教団に迷惑がかかるような事は避けたいよねぇ♪」
「……後腐れの無いようにしておきます」
「うん、よろしくね♪」
次話では講演会の様子が語られます。




