第三百十二章 特命調査員ラスコー、マーカスへ 3.マイカール(その2)
何しろ「災厄の岩窟」では嘗て、生々しい屍体そのもののような「銅像」が出土したという実績があるのだ。あれはダンジョンマスターの嫌がらせいうのが支配的な見解になっているが、嫌がらせにしては手が込み過ぎているという意見もまた根強いものがあった。
そこへ来て今度の古代帝国仮説である。仮説にある「古代マーカス帝国」というのが、伝説にのみその名を留める「ミドの王国」ではないのかという発想が生まれ出てきても、故無き妄想と切り捨てられない部分があった。
思いがけず現れた伏兵的な厄介話に、マーカス王国首脳部は頭を抱えたが……それはさて措き、モルヴァニアの動きに対する反応に話を戻そう。
モルヴァニアの動きについて聞かされた時の仮説批判派の反応であるが、こちらは割と冷静に、そういうものかと受け止めていた。
寧ろ彼らの矛先は、〝モルヴァニアが考古学情報の収集と整理に取りかかっているというのに、何で祖国は手を拱いているのか〟という点に向けられていた。しかも、止せば良いのにラスコーが〝レムダック遺跡とは無関係かもしれないが、マナステラも何やら出土品情報の取り纏めに動いている節がある〟……などと燃料を投下したものだから、国務会議並びに国王府に対する不審と不信が首を擡げる事になっていたが……それについてはここでは掘り下げない事にする。
「骨董市場の情報も、地味に物議を醸しそうだったな……」
マーカス訪問に先んじて、ラスコーはダルハッドの口利きを存分に活用して、モルヴァニアの骨董商に訊き込み攻勢を掛けていた。如何せん、噂に聞く「レムダック遺物」の実体が不明なため、類似品についての情報を集める事はできなかったが、逆に〝他に類を見ない酒盃ないし宝物〟が市場に出廻った事は無い――という、かなり信頼性の高い調査結果を手にする事ができた。
なので、この情報もそれぞれの陣営に対して提供してみたのだが……これに対する反応も、見事なくらい対照的であった。
まず仮説支持派の貴族であるが、レムダック遺物の唯一性を前向きに捉え、〝唯一の品が出土したマーカスこそが、古代帝国の中心地に相応しい〟――という反応を示した。
これに対して批判派の貴族は、〝古代帝国が大帝国だったというなら当然、その文化は広く受容され広まっていた筈。なのにレムダック遺物が「他に類を見ない」ものであったという事は、寧ろマーカスが僻地であった事を示唆するのではないか?〟――という懐疑的な反応を返した。いっそ見事と言いたいくらいに、両陣営の反応が対照的である。
尤も、一から十まで両者の意見が対立しているのかというとそうではない。意見が一致した案件もあるのだが、それはそれで悩ましい結果をもたらしていた。何かと言うと、国境山地のモルヴァニア側に向かった謎の一団についてである。
読者諸賢には今更言うまでも無く、これはハンスとカイトたちの一行である。精霊門の候補地を探すべく、敢えて人里離れた山地へ向かった訳だが……そんな裏事情を知らない者がこの話を聞かされた時、最初に想い浮かべる解釈は、
〝勇み足の貴族がモルヴァニア王国内にまで探索の手を伸ばした〟
――というものだろう。
あまり外聞の良い話ではないが、この話を聞かされた両陣営の面々は、揃って首を傾げ、また左右に振ってこう言った。曰く――〝心当たりが無い〟と。
仮説支持派の者は言った。〝抑、栄光ある古代マーカス帝国の遺宝を、何で他国で探さねばならんのか〟――と。
また、仮説批判派の者は言った。〝自国の恥を態々他国で晒す必要も無いだろう〟――と。
言われてみればそのとおりである。
のみならず、そんな愚行をしでかしそうな(敵対陣営の)愚物にも心当たりが無いとなると……これはどういう事なのか。
外聞が悪いので黙りを決め込んでいるというのはありそうだが……
ここでラスコーは改めて、この件に関して判っている事実だけを並べてみた。
〝その一行はどやらマーカス側からやって来たらしい〟
〝時期的には、レムダック遺跡が発見されて暫く経ってからの事になる〟
〝ペテン師っぽい占い師こと、レムダック遺跡の発見者が姿を消したのは、マーカス側の国境山地である〟
〝正体の知れぬ何者かが向かったのは、モルヴァニア側の国境山地である〟
これらの「事実」から導き出される解釈は、
〝この一団は、レムダック騒動の仕掛け人と覚しき占い師に差し向けられた追っ手である〟
……という、陰謀めいた臭いをプンプンと漂わせるものであった。
(……この件にはこれ以上深入りしない方が良いな)
単なる国情調査だと思いきや、意外にややこしい裏がありそうだ。
成る程、モルファンが自国の諜報部を投入せず、自分のような第三者に協力を要請した訳である。
しかも、ややこしい事にこれだけではなく――
(ヤルタ教は何を企んで動いているんだ……?)




