第三百十二章 特命調査員ラスコー、マーカスへ 2.マイカール(その1)
「どうも……思った以上にややこしい事になっているな……」
王都マイカールで一週間ほど挨拶と顔繋ぎと訊き込みに明け暮れたラスコーは、宿の一室でこれまでの成果を振り返っていた。
マーカス国内の状況、特に「古代マーカス帝国」仮説を巡っての大論争に関わる話を訊き出そうとすれば、相応の対価を――耳寄りな情報という形で――支払うのが当然。
では、彼の仮説を支持する陣営と批判する陣営それぞれに属する者が、ともに耳を傾けそうな情報は何か。それはやはり、自らが深く――或いはズブズブに――関わっている「古代マーカス帝国」仮説絡みの話であろう。それも恐らくは、自国よりも隣国であるモルヴァニアの話なら、好い感じに喰い付いてくれるのではないか。
そう考えたラスコーは、モルヴァニアで遺跡や遺物に関する考古学情報を漁ろうと思っていたのだが、それに先だって面会したダルハッドから、同様の事を考えたモルヴァニア当局が大車輪でその情報を精査中のため、めぼしい資料は軒並み借り出されて閲覧できなくなっている旨を聞かされる。
一旦は落胆したラスコーであったが、これはこれで有用な情報だと思い直し、尚且つ、
〝さっきも言うたように、文書情報――即ち遺跡の調査記録を閲覧する事はまず無理じゃ。しかし、文書ではなく出土品……と言うか骨董品の情報なら、やはり骨董屋に訊くのが筋じゃろう〟
〝ドワーフの細工物は売れ筋じゃからな。網羅的な情報ではないにせよ、骨董商なら商品としての情報を持っている筈じゃ。儂の伝手でよければ何人かに紹介するぞ〟
――というアドバイスを受けるに及んで方針を微修正。新たな方針に沿って情報を収集していた。
当然ラスコーも、自分で話の裏は取っている。誰の話であろうとそのまま鵜呑みにはせず、可能な限りの裏を取るのが情報屋としての嗜みである。
で――そういう話を手土産にして、ここ数日主立った貴族の間を渡り歩いて情報の交換・収集に努めていたのだが……
「同じ話を聞かせてるのに、あそこまで反応が違うものなんだな……」
情報を取引の材料として使うに当たっては、幾つか注意すべき点がある。その一つが、情報の価値を下げるような真似をしないという事である。当たり前の事のように聞こえるが、これが案外難しい。と言うか、うっかり失敗する事が少なくない。
この場合の〝失敗〟とは、当該の情報をうっかり複数の相手に喋ってしまい、その情報の価値を下げるという事である。
押し並べて情報の取引というのは、〝耳寄りな話を貴方様だけに〟と耳打ちするのが基本であり、ワン・オフかそれに準じるものとして扱うのが理想的である。ラスコーもその基本を墨守していたから、同じ情報を大勢に触れて廻るような事はしない。
ただし今回は、訊き込みをかける相手の数に対して、提供できる情報の数が足りていない事と、下手に沈黙を守ると教えなかった側の怒りを買いそうだという事で、仮説支持派と批判派の陣営を単位としてこの方針を当て嵌める事にしていた。
要するに、同じ情報のセットを両陣営に渡すが、それぞれの陣営内では渡す情報が被らないようにした訳だ。
で――ラスコーが呆れつつも感心しているのは、同一の情報に対して、陣営毎に反応が綺麗に異なっていた事に対してである。
例えば、モルヴァニアが考古学情報の収集を開始したという情報に対して、仮説支持派の貴族は警戒と危機感を抱いたようだ。
漏れ出る言葉の端々からその心中を憶測すると、マーカスのレムダック遺跡は遺憾ながら小規模である。もしもモルヴァニアで有力な遺跡が発見されたら、古代帝国の中心地という栄誉はモルヴァニアに奪われるのではないか……という危機感を抱いたらしく、〝マーカスは官民共に総力を挙げて遺跡の探索に邁進している〟――と、躍起になって言い募っていた。
実はこの件、就中〝遺跡の探索〟という部分には、マーカス国務会議の悪巧みが影を落としていた。
すなわち、レムダック一派の関心を「誘いの湖」から引き離したい国務卿たちが、レムダック遺跡がダンジョン跡地で発見された事を引き合いに出して、レムダック一派の注意を「ロスト・ダンジョン」に誘導したのである。
駄目押しとばかりに、テオドラムには「災厄の岩窟」以外に「怨毒の廃坑」という現役ダンジョンがある事を匂わせてやったら、計算どおりに対抗心を暴発させて、一派を上げてダンジョン跡地の捜索に邁進する仕儀と相成っていたのだ。その釈明というか説明というかを聞かされて、ラスコーはモルファンに報告するネタを一つ追加できたのである。
まぁ尤も、国務会議の計画が全て思惑どおりに進んだ訳ではない。〝好事魔多し〟の喩えを地で行くかのように、今度は傍観者的な立ち位置だった筈の市民の中から、
〝「災厄の岩窟」のある場所こそが、嘗て古代帝国の中心地だったのではないか?〟
〝ミドの国の伝説の原型は、あそこにあるのではないか?〟
……などという始末に困る話が、誰言うともなく湧き出して来たのである。




