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第三百十二章 特命調査員ラスコー、マーカスへ 1.カーン【地図あり】

 「(いざな)いの湖」の情報には価値がある。では、誰にとっての価値なのか。


 まず、今回の依頼人たるモルファンは、マーカス国内における「古代帝国仮説」信奉派が関わっているという事で、この情報に価値を見出すだろう。

 (ひるがえ)ってマーカスはというと、自国の情報なのだから、ラスコー以上に詳細な情報を手に入れていてもおかしくない。つまりモルファンほどには喰い付くまい。(むし)ろ隣国モルヴァニアの情報に重きを置くだろう。


 要するに……マーカスへはモルヴァニアで集めた情報を(たずさ)えて行くのが吉であって、「湖」の情報に固執する必要は無い訳だ。ならば「(いざな)いの湖」には、マーカスからの帰りに立ち寄れば充分だろう。


 さてそうなると、



「……マーカスへ行く前に、モルヴァニアでもう少しネタを探しておいた方が良いな」



・・・・・・・・



 ――という感じでカルバラの町で、今少しの情報を集めた後、ラスコーはマーカスへ向けて旅立った。


 馬車で九日ほどの日数を費やして、辿(たど)り着いたのはカーンの町。マーカス国内において「災厄の岩窟」ならびに「(いざな)いの湖」の最寄(もよ)りとなる都市である。


挿絵(By みてみん) 

[モルヴァニア~マーカス周辺地図]


 ここでラスコーは幸運にも、旧知の商人と出会う事が出来た。()(ほど)に親しい訳ではないが、話ができる程度には顔見知りである。この商人は「古代帝国仮説」の(いず)れの陣営にも(くみ)しておらず、それ故に中立的な視点での見解というものを訊く事ができた。

 しかしながらモルファンの依頼は、「古代帝国仮説」に関してマーカス国内の状況を探れというもの。であれば、無関心を貫く第三者だけでなく、この仮説を積極的に支持する者と批判する者からも、虚心(きょしん)坦懐(たんかい)にその意見を聴いておくべきだろう。そのためにはやはり王都マイカールまで足を伸ばす必要がある。


 まぁそれはともかくとして、旧知の商人から聴き取ったマーカスの(仮説を巡る)国内情勢は、ラスコーとしても中々に興味深いものであった。


 幸いな事にこの商人は、両陣営に属する貴族数名の名も教えてくれた。これで訊き込みの手間が大いに省けるというものだ。

 有益な情報に対しては、やはりそれ相応に価値ある情報を(もっ)て報いるべきだろう。それは何か。

 マーカスであろうが何処(どこ)であろうが、商人の関心は何よりもまず商機や商流にある筈。モルヴァニア国内の考古学情報などには二次的な興味しか抱かないだろうし、第一このネタはラスコー自身がマーカス貴族との取引で使う予定のネタだ。ここで漏らすのは躊躇(ためら)われる。

 となると……



「テオドラムの土地証文を持ち込んだ異国の商人の話は、聞いた事があるか?」

「テオドラムの土地証文だと?」



 ラスコーの想像どおり、この情報はまだマーカスでは周知されていないようだ。

 既に三ヵ月も前の事なのだから、これが単なる噂話なら、()うに届いていて然るべきである。それが届いていないという事は、この情報に価値を見出した沿岸国の商業ギルドが、情報の秘匿に走ったという事だろう。

 何しろ(くだん)の商人は、正当な債権者――の子孫――になら、証文の対価を譲るに(やぶさ)かでないと匂わせているのだ。しかも、この件で巧く立ち廻れば、〝テオドラムとの土地取引で大金を得た異国の商人〟との伝手(つて)を得る事ができる。商人或いは商業ギルドとしては、こちらの方が魅力的なメリットである。名告(なの)りを上げて参戦する者に不足することは無いだろう。



(だからこそ、商業ギルドはこの件を秘匿しているのだろうな……)



 もしもこの情報が、秘匿要請と共に商業ギルドからラスコーの(もと)にもたらされていれば、彼もこの情報を漏らすつもりは無かった。しかし現実には、このネタはラスコー子飼いの情報屋が持ち込んで来たものであり、商業ギルドからの介入は一切無かった。なら、ラスコーとしてもこのネタを、自分の都合で使う事に躊躇(ためら)いは無い。情報の重要性に(かんが)みれば、このネタは秘匿する方が美味い事ぐらい、商人ならば解るはず。敢えて釘を刺さずとも、(あまね)く漏れ広がる事はあるまい。



「中々面白い情報(ネタ)だった。感謝する」

「いや、こっちこそ良い取引をさせてもらった」


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