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挿 話 アムルファン商業ギルド【地図あり】

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 アムルファンの商都ソマリク――その一隅にある建物の一室で、



(かね)てから懸案となっていたテオドラムとマーカスの開戦だが……その危険度は下がったと見ていいだろう」



 ……などとピントのずれた発言を、それも真剣な様子でものしているのは誰あろう、アムルファン商業ギルドの――一応は――重鎮たちであった。

 両国の内情を知っていれば噴飯もの、いや脱力ものの発言であるのだが、舞台裏を知らぬ当人たちは(おお)真面目(まじめ)である。何しろここソマリクは、近隣にあるマルクト(@テオドラム)とヴァザーリ(@イラストリア)との交易で成り上がってきた町なのだ。


挿絵(By みてみん) 

[アムルファン~マーカス周辺地図]


 ライバル関係にあるヤシュリク(@イスラファン)が、どちらかと言えばヴァザーリとの交易を重視してきたのに対して、ソマリクはマルクトとの取引を主としてきた。ヴァザーリがあんな事になって落ちぶれてからは、マルクトとの取引で成り立っているソマリクの地位が――相対的に――上がってきていたのだが……



「もしもマーカスと開戦なんて事になったら、北街道の流通は完全に軍事優先にシフトするだろうからな。ソマリクの商流が途絶える事にも成りかねん」

「うむ。下手をすると民間の物流は不許可……などという事態すら考えられる」



 万一そんな事になった日には、冗談でなくソマリク存亡の危機である。商業ギルドの重鎮たちが、テオドラムとマーカスの動向に神経を尖らせるのも当然であった。


 しかも――である。

 このところ事態は思いがけない方向……それも好ましくない方向に、腹の立つほど急速に進んでいる。何かと言えば「古代マーカス帝国」仮説の件である。


 開戦の危険云々(うんぬん)と言っても、少し前までは、(噛み付き癖のある)テオドラムだけを気にしていればよかったのに、あの厄介な「古代マーカス帝国」仮説が台頭(たいとう)してからというもの、マーカス国内の「国土回復運動」並びにその信奉者にも気を配らなくてはならなくなった。

 いや(むし)ろ、自分たちの国際的孤立とそれによる多正面作戦を考えねばならないテオドラムより、衆を頼みに声が大きくなっているマーカス過激派の方が、危険度が増しているとすら言えた。


 こんな状況でマーカスに侵攻などした日には、戦争は泥沼化する(おそれ)が強い。幾らアレなテオドラムと言っても、さすがにそんな状況は望まないだろう。



「マーカス王国が理性を保ってくれているのが救いだな。……一部の跳ね上がりは別として」

「だが、その〝一部の跳ね上がり〟のせいで由々(ゆゆ)しき事態になる可能性は、()(かん)ながらまだ消えた訳ではない。何とも言えん位置に、何とも言えん火種が(くすぶ)りだしたからな」

「『(いざな)いの湖』か……」

「ここへきて、とんだ火種にジョブチェンジしてくれたものだ……」



 言うまでも無く「(いざな)いの湖」は「災厄の岩窟」と並ぶように、こちらもマーカスとテオドラムの国境線上に鎮座している。位置的には「災厄の岩窟」とほとんど変わらないのだが、こちらは――怪しいのは大いに怪しいのだが――ダンジョンという訳ではなく、オープンな水場として存在している。……拒絶感満載の岩海を通過できるものにとっては――であるが。


 国境線上という微妙な位置にありながら、(けん)()な岩場が立ち入りをモリモリに拒んできたため、国境紛争の火種にも信管にも成り得なかった……今までは。


 ――その状況が怪しくなってきたのは、最近になっての事である。


 とある不幸な行き違いから、「(いざな)いの湖」に大怪魚が棲息しているという噂が()(のぼ)り、世の釣りキチどもの目を()き付ける事になった。

 これだけでも充分(まず)いのに、頃を同じくしてマーカス国内の「古代帝国仮説」信奉者の一派が、「(いざな)いの湖」に「古代帝国」の物証が眠る可能性――ほとんど言い掛かりである――を論じ立てて解禁を迫ったものだから、本来無関係な筈の両者が互いに手を取り合って、湖の一般開放を迫るという事態に発展した。

 いや、迫るだけで済んでいるならまだしも、気の短い数名が実力行使に及び、深夜に「(いざな)いの湖」を取り巻く岩海への突入を敢行したのである。

 (いず)れの場合も岩海に囚われの身となって、当局に御用となったのだが……この状況に神経を尖らせたのがテオドラムであった。


 何しろテオドラムは(かつ)て、「災厄の岩窟」で回収した冒険者の遺体から巨大な「(うろこ)」を発見している。この事実と大怪魚の噂を結び付ければ、「岩窟」と「湖」は繋がっているという結論が出て来るのは自明の理。

 いや、それだけならまだしも――


 〝両者が繋がっているのなら、「災厄の岩窟」にあるという砂金の鉱床は、「(いざな)いの湖」でも見つかるのではないか〟


 ……などという結論に至られたら、面倒()(ごく)な展開になるのは不可避である。「砂金鉱床」に関連して、それぞれ(すね)に傷持つ身であるテオドラムとマーカスは、そんな展開をよしとはできなかった。両者が水面下で手を結んだのも当然である。


 だが……同じ場所で「湖」を挟んで睨み合っている筈のテオドラムとマーカスが、同じタイミングで同じような政策を行使したりすれば、何かの裏取引を(かん)()りたくなるのは人情である。

 砂金鉱床の事は知られていないにしても……



「万一あの場所で武力衝突など起きたら、モルヴァニアが国境付近に兵力を動かす可能性は高い。そうなると対抗上、テオドラムもニコーラムに即応態勢を命じるだろう。マーカスがこれに過激に反応すれば……」

「……()(くず)しに開戦に至る可能性は低くない。そうなればモルヴァニア参戦の目も出て来る。それだけで二正面作戦が確定する」

「その機に乗じてイラストリアが参戦したら三正面作戦、これにダンジョンマスターが絡めば四正面だ。テオドラムもそんな展開は願い下げだろう」

「そういった事態を回避するために、マーカスと何か取引を行なった……話の筋としては通るな」



 その〝取引〟の埒外に置かれたのは、商業ギルドとして(じく)()たるものがあるが、〝決定的に不幸な事態〟に至らなかったのは幸いと言うべきだろう。

 心残りと言えば……



「……テオドラムとマーカスが合意に至った条件というのは、一体どういうものなんだろうな……?」

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