第四十七章 ヤルタ教の周辺 5.国王執務室
ヤルタ教は王家に対して、一種の宣伝戦を仕掛けます。
「ヤルタ教の坊主めがそのような事を?」
早朝の静寂を破ったのはこの国の国王、その問いの向く先はこの国の宰相。すでに恒例となった、早朝の国王執務室での一幕が始まろうとしていた。
「はい。ヴァザーリの教会から学院長の方に、正式な要請として提出されたようです」
「彼の学院長は確か……」
「亜人弾圧とまではいきませぬが人族至上主義の傾向があり、思想的にもヤルタ教に共鳴していると、とかく噂のある人物ですな」
「むう……。クソ坊主めが、嫌なところを衝いてきおる」
「しかし……ある意味では絶妙の手です。まさか、ヴァザーリのヤルタ教教会から学院へ、『封印遺跡』についての講演会の要請とは……」
半ば感心したようなウォーレン卿の発言に応えるように、ローバー将軍と宰相が続ける。
「彼の遺跡の正体が不明なため、民衆が要らざる妄想を逞しゅうして怯えている。なので、差し支えのない範囲で『封印遺跡』について正しいところを説明して欲しい。実に真っ当な要求ですな……表向きは」
「もしこの要請を却下すれば、王家は南部の人心を安んじる気がないと誹られる。偽りを話せばばれた時が恐い。しかし、もしこの要求を呑めば、王家はヤルタ教の要請に従って民心の安定化を図ったように見える」
「こちらが動き出す前に要請を出されたのが痛いですな」
「おまけに、講演を依頼されたのは学院長。学院長から情報提供の要請があれば、スパイン教授も断りにくい。下手に王家が介入すれば、王家は民衆の不安などどうでもよいと言うのか、と騒ぎ立てるは必至」
口々に述べる上司二名の発言を、ウォーレン卿が要約する。
「少ない手数で大きな利益を得る。実によく考えられています」
国王は忿懣遣る方無いといった様子で、黙って戸棚の方へ歩み寄ると、無言のまま棚の奥から酒瓶を取り出す。
三名が黙して視ている前で、指三本分の量の酒をコップにつぐと、ぐーっっという感じで一気に呷る。
正直、為政者としてはどうかと思うものの、立場が違えば自分も同じ行動を取ったであろう事が痛いほど解るため、あえて沈黙を守る三名。
妙に据わった目をしている国王に、ここは自分がやるしかないかという気配を滲ませながら、宰相が声を掛ける。
「陛下、確かにヤルタ教は巧い手を打ちましたが、風向きが変わったわけではございませぬ。彼奴めらの化けの皮が剥がれそうになっておる現状に変わりはありませぬ」
宰相の言葉にウォーレン卿とローバー将軍が続く。
「とりあえず、南部の暴発を防ぐという一点において、王国もヤルタ教も意見が一致したわけです」
「ま、民草に余計な苦労をかけんで済むんですから、いいんじゃないですかね。儂には単純にそう思えます」
ローバー将軍の発言を聞いた国王は、ふっと表情を和ませる。
「そうよな……。王たる者が一時の意地で民草の安寧を損なうような事はあってはならぬ。……ローバー、気を遣わせて済まなんだな」
国王の様子にほっと胸を撫で下ろした一同は、当の国王も交えて、どこまでの情報を開陳するかの検討に移っていった。
次話から新章に入ります。話としては本章の続きですが、舞台はヴァザーリに移ります。




