第三百九章 「カタコンベ」混乱絵巻 2.マナステラ王国国務会議
ロイル卿からの報告がマナステラ当局に届いてから三日後、王城の一室で緊急の国務会議が秘密裡に開催されていた。議題は無論、謎の石窟遺跡と、そこから出土した遺物の素性・来歴についてである。
「ロイル家報告に記載されていた『出土品(仮)』と、作製途上の『ノンヒューム工芸品目録(暫定版)』との照合が終わった。まず、ロイル家の『出土品(仮)』は、石窟遺跡からの盗掘品と考えていいようだ」
遺物の検証を担当していた教務卿が厳かに告げるが、居並ぶ一同は身動ぎ一つせず、話の続きを待っている。
「……そして、先にもたらされた石窟遺跡の出土品と併せて、これらの品々はノンヒュームとは無関係であると判断できる」
教務卿がそう報告を締め括ると、今度はあちこちで安堵の溜息が漏れた。
あれらがノンヒュームの遺物だなどとなった場合、下手をするとマナステラはノンヒュームの墓を暴いたとの汚名を着せられかねなかった。そんな厄介事を回避できただけで、今は万々歳を賀すべきだろう。
「イラストリアに張り合う意味で整備していた目録だが、こんな局面で役立ってくれるとは思わなかったな」
「……最悪の展開は一つ潰せたか」
「だがまだ安心はできん。第一層の被葬者の身許がはっきりしない以上は、な」
幸か不幸か、一層の被葬者が葬られた状況並びに副葬品は、二層の地中から出土した宝飾品と懸け離れている。故に両者の関係は薄いと考えられているが……それはつまり、出土品の主がノンヒュームでない以上、被葬者がノンヒュームである可能性を棄却できないという事なのであった。
ただし……
「『納骨洞』の遺骨はボロボロに風化していて検査に耐えられそうになかったが、抑の話、『石窟墓』という埋葬形式自体が、ノンヒュームに見られない様式だそうだ。……少なくとも、現在のノンヒュームには――だが」
一応は「ノンヒューム被葬者説」を却下する根拠となるだろうが、遺憾ながら決定的な反証には成りそうにない。大昔のノンヒュームには――それこそ「古代マーカス帝国」のノンヒュームはそういった風習を持っていたのだと強弁されても、これを退ける事ができないのだ。
それにそういった手合いに限って、彼の「レムダック遺跡」との類似性を声高に主張しそうではないか。戦火や寇掠を逃れるために、敢えてそのような様式を採ったのだ――とか言って。
その主張を却下なり支持なりするためには、両者の年代判定が決め手になるのだろうが……
「レムダック遺跡の方はどうだかしらんが、こっちの石窟遺跡の年代測定は難しいようだ」
「抑、石窟遺跡と出土品の年代が違っている公算が大きいからな」
「あの地に墓所があったという事は、被葬者たちはあの辺りに定住していたという事だろう。改葬地であったという可能性も無くはないが……ともかく、そっちから何か判らんのか?」
「残念ながらあの辺りは、文書であれ遺物であれ、記録というものに乏しくてな。ただ、ノンヒュームたちの言い伝えでも、あの辺りに集落があったという話は無いそうだが」
「記録が残っていないという事は……集落があったのは一時的で、墓地だけを残して消え去ったのかもしれんな」
問題があるのは解っているのだが、その問題のどこにどう手を着ければいいのか解らない――といった体で困惑していた一同だが、一人が発した言葉が流れを変える。
「いや……ここで問題に、そして警戒すべきなのは、『納骨洞』の年代ではなく『出土品』の年代、別けても『レムダック遺物』との類似性だろう」
「うむ……政略的に見ればそうい事になるな」
「だが、比較できそうな出土品が皆無という状況では、年代の特定などできんぞ?」
「寧ろそっちの方が問題だろう。ロイル卿の指摘にあったように、〝他に類を見ない〟という文言だけが独り歩きして、石窟遺跡とレムダック遺跡を同一視する根拠に使われかねん」
――それこそが、マナステラ首脳部の懸念する事態であったのだが……「遺跡」の方はともかくとして「遺物」については、国務卿たちの懸念も故無きものではなかった。
何しろ、これらは何れも元を辿れば、「船喰み島」の財宝の一部と、それにインスパイアされたエメンの労作。類似どころか系統的には同一の出自を持っているのだ。違いと言えば「カタコンベ」の遺物は、〝ノンヒュームの作風を取り入れ〟たりしていない点にある。……と言うか、「レムダック遺物」の酒盃が偶々例外的な特徴を持っていただけだ。
クロウがこの事実に気付いていないのはまぁ当然(笑)として、「カタコンベ」遺物の一部を〝万一の時に備えて〟所持しているクラブとペスコもまた気付いていなかったのである。
余計な予想はともかくとして、マナステラ当局として面倒な展開を回避するには……
「……当面、『石窟遺跡』の事は秘匿せざるを得んか?」
「しかし、今更秘匿できるものか? 既に抜け駆けして盗掘に成功した者がいるのだろう? 他にも疑念を持つ者は現れるぞ?」
「盗掘者が盗掘の件を公言するとは思えん。そっちの方は大丈夫ではないのか? ……無論、警戒は必要だろうが」
「ふむ……いっその事、手前にある『納骨洞』の存在までは公表してもいいかもしれん。その奥……特に金細工が出土した第二層は、モンスターが居着いていて危険だと言い立てて、冒険者ギルドの管理下に置くのはどうだ?」
そこはかとなく厄介な臭いがする「カタコンベ」を当面封鎖し、実務は冒険者ギルドに丸投げするというこの提案は、満場の賛意を以て迎えられた。




