第三百八章 マナステラ~クラブとペスコの人生双六~ 4.ロイル邸(その2)
「君たちはこの後どこへ?」
……何の気無しに発せられたロイル卿の一言であったが、これがクラブの心中に余計な緊張と警戒、ついでに打算を引き起こす。
〝故郷に戻る〟と答えれば、その次に〝故郷はどこだ〟という質問が飛び出てくる虞がある。地元で遺跡荒らしをやらかして逃亡中の身としては、出て来てほしくない話題である。
素直に〝リンツからマーカスへ向かう〟と言えば、何か役立ちそうなマーカス情報を教えてくれるかもしれないが、今後の行く先を教えるというのは、苟も逃亡者たる身が採っていい行動ではない。
消去法的な算段の結果、残ったのは〝出国先として偽りの場所を教える〟という選択肢であった。
なので――クラブがその判断に従ってこう答えた事も、一概に指弾する事はできないであろう。
「いやまぁ、まだ決めた訳じゃねぇんですが、イラストリアへでも向かおうかと」
……これが大間違いの素であった。
「ほぉ、イラストリアへ。あそこは近頃色々と面白い事が起きているようだから、それも良いかもしれないね」
「恐縮です」
その〝面白い〟イラストリアについ先日まで滞在していたロイル卿は、今現在そこの王都に留学中の次男坊の事を思い出し、やはり何の気も無しにその台詞を吐き出した。
「ふむ……もしも王都イラストリアへ行く事があったら、王立学院に留学中の愚息に言伝を頼まれてくれないかな。……あぁ、大した事じゃない。〝元気でやっている〟とだけ伝えてもらえれば充分だ」
……繰り返すが、ロイル卿には深い考えなど無かった。
日頃から何かと平民――芸術家や学者、ついでに研究資料などを集める関係で骨董屋など――と付き合う事も多いロイル卿は、本人的にはいつもどおりの軽口のつもりで、話の接ぎ穂程度の気安さで頼んだだけだ。
ついでに愚息や学院の関係者にでも顔を繋げれば、彼らにとっても悪い結果にはならないだろう。
――と、そんな思いもあって、軽い気持ちで話を振ったのだが……振られた方は到底気楽になどなれなかった。
苟も貴族家の御当主様から、お坊ちゃまへの伝言を頼まれたのだ。きっちり務めを果たさないと、どんな災難が降りかかって来るやら知れたものではない。
――斯くなる上は是非も無い。
「はぁ……閣下のご期待に添えるよう努力いたします」
「あぁ。まぁ、機会があったらでいいから、宜しく頼むよ」
当初の予定を変更してでもイラストリアへ、そしてそこの王都にあるという「王立学院」なる場所へ向かうしか無いではないか。
斯くいった次第と事の成り行きで、脛に傷持つクラブとペスコの二人に対して、悲壮な決意でイラストリアへ赴く筋道が立てられたのであった。




