第三百八章 マナステラ~クラブとペスコの人生双六~ 2.王都マナダミア【地図あり】
〝半年か、少なくとも三月ぐらいは、王都からもランスからも離れた辺りで依頼を熟して熱りを冷ます〟――とか言っていた筈のクラブとペスコであったが、二ヵ月に満たない期間の後に、王都マナダミアに姿を現していた。
それというのも、ナンテールから南東方向に移動しつつ小金を稼いでリンツを目指し、そろそろマナダミアの東側に差し掛かろうかという頃合いで、ペスコが言い出した一言が切っ掛けであった。
[マナステラ~イラストリア北部地図2]
〝な、なぁクラブよぉ〟
〝あぁ?〟
〝こ、このまんまリンツへ行っちまうと、そっから先はマーカスだよな?〟
〝あぁ、そういう事になるだろうな〟
適当なタイミングでこの国を離れ、暫く国外で熱りを冷ますという所定の目的に鑑みれば、そのままマーカスへ向かうのが自然である。
クラブも漠然とそんな事を考えていたのだが……
〝け、けどよクラブ。折角懐が温かいってのに、王都に何のご挨拶も無く国を離れるってなぁ……ちょっと勿体無かぁねぇか?〟
〝……言われてみりゃ、そうか〟
この後の人生で二度と無いかもしれぬ境遇なのだ。折角の泡銭がまだ残っているうちに、祖国の王都で豪遊――註.クラブとペスコ基準――するのもいいではないか。
何、王都にはちょっと立ち寄るだけだ。見物を済ませたら再び東部に舞い戻って、リンツを目指せばいいだけの事。それくらいの廻り道なら許容範囲のうち、寧ろ人生のスパイスのようなものではないか。
……という具合に意見が一致して、二人は人生初の王都見物と洒落込む事にしたのであった。
・・・・・・・・
王都に相応しいこざっぱりとした服装――註.クラブとペスコ視点――に着替えた二人は、「お上りさん」である事を隠そうともせず堂々と、日夜王都見物に励んでいた。
この日も朝市の見物がてら、朝飯代わりの買い食いに勤しんでいたのだが……
「……ん?」
職業冒険者の勘の為せる業か、妙な視線を感じてそちらに頭を巡らせたところ、
「………………」
「――んん?」
じ――っとこちらを注視している幼い少女の姿があった。
連れも無く一人でいるようだが、身形から察するに、それなりに裕福な家の子供であるようだ。なのに一人で佇んでいるのは迷子か何かとも思えるが、それにしては当の子供に動ずる様子が無い。
それはそれで結構な事だが、なぜ自分たちが――と当惑したところで気が付いた。
少女の視線は自分たちに向けられているように思えたが、よくよく注意してみると、少女の視線がロックオンされた先にあるのは自分たちではなく……
(串焼き……か?)
どうやら二人が手に持っている串焼きのようだ。
良家の子女が朝っぱらから腹を空かせているというのもおかしな話だが、少女の視線は何より雄弁である。
「……嬢ちゃん、ひょっとして腹、空いてんのか?」
不躾とも言えるクラブの確認の弁に、黙ってコックリと頷く少女。
それを見たクラブとペスコの両名は、素早く視線を交わした後で、
「よぉ~し。おっちゃんたち、今ちょっと懐が温かいから奢ってやる。けどな、誰彼構わず強請るような真似をしてると、いつかとんでもない目に遭うから気を付けるんだぞ?」
「(コクリ)」
違法脱法スレスレ上等の人生を送ってはいるものの、その根っ子には善良な部分を残しているのがクラブとペスコの二人である。
この時も、〝子供の面倒を見るのは大人の務め〟という牧歌的倫理観に従って、少女に串焼きを奢ってやる。
連れがいない事を確かめた上で、これも乗りかかった舟だとばかりに、少女を家まで送り届ける事にした。
三人揃って串焼きを食べつつ、道を歩いて行く事暫し、
「お嬢様!? リスベットお嬢様!」
……彼女を捜しに奔走していたらしき使用人と出会す事になった。
「ん? 嬢ちゃん家の者か?」
「(コクリ)」
――迷姫リスベット、久々の舞台登板であった。




