第四十七章 ヤルタ教の周辺 3.国王執務室
シャルドの「廃墟」の出現が、思わぬところにまで影響を及ぼします。
「ヴァザーリの民が動揺しておると?」
「はい、シャルドの封印遺跡について、ヤルタ教の坊主どもがある事無い事吹聴して廻ったせいで、王家は悪神バトラとやらと組んでヴァザーリを――あるいは南部諸侯を――攻めるのではないか、そういう話になっております」
ぐったりとした様子の宰相の説明に、国王は思わず天を仰ぐ。なお、軍人二人は溜息をついて足もとに目を落としていた。視線の向きは文字通り天と地ほどに違っていたが、心中の思いは一致していた。ついでに、思わず口に出した台詞も一言半句と違わず、そのタイミングも一致していた。
「……何で「そういう「話になった!?」」」
三つの声が、少しずつのタイムラグを置いて、綺麗に重なる。
疲れ切ったように見えた三名であったが、若いせいで精神も柔軟なのか、ウォーレン卿が真っ先に気を取り直す。
「事態を放っておけば、南部の不安定さが増すばかりです。一刻も早く何らかの手を打つべきですが……」
「どうするってぇんだ?」
「問題はそれです。すぐには打つべき手が思いつけません」
「単純に、ヴァザーリあたりに物資か資金の援助をするってなぁ……出遅れたか」
「ええ、既に領主やヤルタ教が動いてますからね。今頃のこのこと出て行っても、白い眼で見られるのがオチでしょう」
「油断させたところで後ろからばっさり、なんて気を回されても面倒だしな」
「しかし……ウォーレン卿、民の中には援助を喜ぶ者もおるのではないか?」
「バレン男爵領と違って、ヴァザーリ伯爵領の被害は領都ヴァザーリのみ、それも伯爵邸とヤルタ教の教会に集中してますからね。住民の被害は少ないんですよ。教会に見舞金でも出しますか?」
ウォーレン卿の質問に、鼻息で答える宰相と国王。
「しかし、それにしてはヴァザーリの凋落が著しいようだが……」
国王の疑問には宰相が答える。
「スケルトンドラゴンがもたらした混乱のせいです。あのせいで、終末を騙るインチキ宗教やら詐欺やらが乱立して、まともな商取引ができておりません。他領や他国からの商人も来訪を控えており、商都としてのヴァザーリは今や瀕死の状態です。伯爵は税の追徴で凌ぐ腹と見えて、領民の被害としてはこちらの方が大きいでしょう」
「要するに、儂らが援助するにしても、大義名分が立ちにくいって事です……うん?」
宰相の後を受けて国王に説明していたローバー将軍の懐中で、魔道通信機の着信音が響く。将軍は片手を上げて席を外すと、離れた位置で相手と何やら喋っていたが、その様子が段々と不穏なものに変じていく。三人が固唾を呑んで見守っていると、通話を終えた将軍が忿懣遣る方無い様子で戻って来る。
「南部で古代金貨の贋物が出回っておるそうです」
「古代金貨……の、贋金……じゃと?」
「はい。シャルドの古代都市――十年ほど前に発掘された方ですな――から出土した金貨を模したもののようで、悪神バトラの凶手から身を守る護符代わりだとか何とか言って、ヴァザーリ伯爵領の田舎を中心に出回っているとか」
「田舎?……領都ヴァザーリではなくてか?」
「領都ヴァザーリはあの一件以来デマだの詐欺だのが蔓延って、それを取り締まるために領主の兵やら何やらが見回ってますからな。手薄な田舎が狙われたんでしょう」
「……エメン!」
「あ? 何だ、ウォーレン? 藪から棒にどうした?」
「第一回のヴァザーリ襲撃の際に脱走した、贋金作りのエメンですよ。やつが絡んでいるのは間違いないでしょう」
「エメン……あやつか」
「また面倒な事に……」
「いえ! これは千載一遇の好機です!」
妙な事を口走り始めたウォーレン卿を、三人が疑惑の目で見つめる。
「……心労のあまりおかしくなったとか、そういうのじゃありませんから。贋金作りは国家に対する反逆です。まして、一連のあれこれで動揺している王国南部でそれを行なうなどとは、王国に対する明確な敵対行為です!」
「お、おう……」
「なので、南部に展開する各大隊から一部を抽出して、贋金一味の捜索に回しましょう……南部諸侯に協力する形で。必要な資金や物資は王国持ちです」
「……一種の懐柔策という訳か。しかし、南部を油断させるための罠、そう取られる可能性もあるぞ?」
「五つの大隊の兵力の一部を南部諸侯に預ける形になるんですよ? 兵力の分散をあえて行なうのは、こちらに敵意がない事を示す意味もあります。それに……」
「それに……何だ?」
「信じる者と信じない者に分かれるという事は、一枚岩の結束が望めないという事でもあります。南部が纏まらない状態なら、暴発は起きにくいでしょう」
南部に対する手がどうにか見えてきたところで、ローバー将軍は独り言ちる。
「ヤルタ教の方はどう動く?」
もう一話投稿します。




