第三百六章 地図に無い道 2.モルヴァニア国務会議(その2)【地図あり】
「今は寂れた旧道の試験施工など、気に留める者はいないだろうと、高を括っていたんだが……」
「古代遺跡や古代遺物を、鵜の目鷹の目で探しまくっている、マーカスの仮説信奉派貴族となると……」
「寧ろ僻地の事を気にしない方がおかしい――か」
「うむ。それに国境監視砦が対峙しているのは、シュレクにあるダンジョンだ。興味本位で目を付ける可能性は低くない」
「そうすれば、否が応でも緑道の事に気が付くか……」
モルヴァニア側としては、〝ヴォルダバンの行商人〟がシュレクの近くにやって来る理由を可及的速やかにでっち上げる必要があったため、あまり詳しい検討をせずに緑化計画を実施した訳なのだが……
「現状では件の緑道は、〝アラドと監視砦を結ぶ道〟にしか見えん訳だが……」
「改めて考えてみると、傍目にはおかしな点が多々あるな」
「遺憾極まりない話だがな……」
まず、〝アラドと監視砦を結ぶ〟という点からして不自然である。
[モルヴァニア~マーカス周辺地図]
〝商都と軍事拠点を結ぶ道〟と聞けば、誰しもが「補給路」という単語を念頭に浮かべるであろうが、
「……誰がどこからどう見ても、監視砦に最寄りの町はクートかカルバラだな」
「王都からの距離を考えるとクートだろうが……」
「少なくともアラドではないな、どう見ても」
「なのに、クートとカルバラの二ヵ所を差し置いて、遙かアラドからの道を整備する……」
「しかも、クートやカルバラと砦を結ぶ道が整備される気配は、今に至るもまるで無い」
「不自然どころの話ではないな……」
――不自然な点はそれだけではない。
「抑――だ。仮にアラドと監視砦を結ぶとしても、既に立派な街道が整備されているというのに、何でそれを使わんのだ? 敢えて旧道を〝整備〟する理由がどこにある?」
「その〝整備〟の内容も問題だ。道路の拡幅とか舗装とかではなく、街路樹の植栽による緑蔭の形成……どう考えても軍事用ではなく民生用だろう」
「なのに、その緑道の赴く先は軍事拠点」
これを不審に思わなかったら、何を不審に思えと言うのだ。
「……修道会に使った口実を、そのまま使うしか無いのではないか? 緑道の試験施工だと」
「だが、それを態々テオドラムとの国境の鼻っ先で行なう理由がどこにある? 修道会も不審に思っていたようだぞ? そして、恐らくはイラストリアも」
「うむ……」
「まぁそうだろうな。まともな頭をしていれば、不審に思わん方がおかしい」
「……試験に手頃な道が無かった――というのは使えんか? 主街道の近くは人家が密集していて、工事の同意が取れなかった……とか何とか」
「主街道の全域が人口密集地という訳ではないぞ? それに、主街道が使えなかったとしても、クートかカルバラからの道を整備しなかった理由にはならんだろう」
「うむ。どう考えてもそっちの方が短くて済む」
「……〝施工区間が短い〟のが拙かったという事にはできんか? 街路樹の活着を観察するのに充分な期間が必要で、短区間での作業を終えた後でぼーっと待っているのは非生産的だ……とか何とか」
「うむ……」
「多少強引にも思えるが……それで押し通すしか無いか」
「終着点が監視砦という点についてはどうする?」
「それはもう……監視砦は終着点ではなく通過点だと言い切るしかあるまい」
「うむ。予算の関係で工事が中断しているとでも言えばいい」
「財務部が泥を被るのか……」
「悪いが、他に手頃な……いや、適切な理由が思い浮かばん。代案があるなら言ってくれ」
「……いや、今回は財務部が悪役になっておこう。……だが、毎回こうだとは思ってくれるなよ?」
「ははは……勿論だとも(汗)」
「財務部にはいつもながら感謝しているのだぞ?(汗)」
「…………………………まぁいい。で、監視砦を通過点にするとして、終着点はどこにする?」
「それはもうカルバラしかあるまい。今更クートに戻るというのも不自然だし、国境を越えるとなると何時の事になるやら判らん」
「……そうだな。旧道からは外れる事になるが、取り敢えず監視砦からカルバラまで、緑道を整備するのが妥当だろう」
これにて一件落着……かと思われたのだが、
「……一つ気になる事が出て来たんだが」
「――気のせいだ。解散!」
「そうそう、余計な事に気を遣う必要など無いぞ?」
「うむ、万事恙無く終結した事を言祝ごうではないか」
「お主ら……気持ちは解るが、国務卿の任というものについて少しは自省しろ。……で?」
「うむ……根本的な話になるんだが……」
(「そっかー……根本的な話になっちゃうのかー……」)
(「もう帰りたいんだが……駄目か?」)
「いやな……緑道と言うか今回の街路緑化は、抑誰を対象としたものだと思う?」
「誰を――?」
「誰が最も恩恵を蒙るのか――と言い換えてもいい。道幅や舗装の点は抜きにしてな」
「それは勿論……馬車や馬――ではないな?」
「うむ。徒歩で進む旅人や行商人……という事になるだろうな」
「そこで――だ。我が国が緑道の試験施工を行なったという事はつまり、それら徒歩の者たちを優遇する意図がある……という事になるよな?」
「む……?」
「おぃ……何が言いたい?」
「国が徒歩の者たち……いや、徒歩の旅人を引き入れる事を考えているとすると……民は何を想定すると思う? ――今の状況で、だが」
「「「「「………………」」」」」
「付け加えておくと、我が国は緑道を整備するに当たって、『緑の標修道会』の力を借りた。……その修道会が功を成し名を遂げたのは何においてだった?」
「………………ノンヒュームの露店を……誘致するというのか……?」
「民はそれを期待しやせんか?」




