第三百六章 地図に無い道 1.モルヴァニア国務会議(その1)【地図あり】
その日、モルヴァニア王国の国務卿たちは、国境監視砦から寄せられた指摘を前にして頭を抱えていた。
「……金に目の眩んだ穴掘りたち、最悪は仮説信奉派の貴族たちが、マーカスからやって来る可能性については想定していたが……」
「その連中が何を見るかについては……」
「……想定が甘かったとしか言えんな」
斯くも国務卿たちを悩ませている〝国境監視砦からの指摘〟とは、文章にすれば単純なものであった。
曰く――
〝カルバラにやって来た者たちが、「緑道」の経路について不審を抱く虞がある〟
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ここで挙げた「緑道」とは、アラドから国境沿いに延びて監視砦に至る、街路樹による緑化を施された旧道の事である。
[モルヴァニア~マーカス周辺地図]
改めてその起源について説明しておくと、抑はシュレク近郊の村々と塩の取り引き――と言うか密貿易――を始めたモルヴァニアが、「行商人」を引き入れるに当たって尤もらしい理由を必要とした事にある。
その理由として何故か〝街道のアメニティ〟に目を付けたモルヴァニアが、シュレク近くを通る旧道を緑化しようと計画し、その手立てを――あろう事か――クロウ配下の「緑の標」修道会に求めた。要請を受けた修道会(とクロウ)も困惑したが、要求を退ける理由も無いとして、書簡による情報提供に同意したのだが……その仔細については今は措く。
その「緑道」がアラドから始まったのは、件の「行商人」の擬装身分を〝ヴォルダバンの商人〟としたためなのであるが……その結果、アラドから延々と延びた緑道はシュレクに最寄りの拠点、言い換えるとモルヴァニアの国境監視砦へと至り……そこで工事が一旦中断となった。
本来の計画に従えば、この緑道はそのままマーカスへと延び、最終的には「災厄の岩窟」へと至る事を想定していたのだが……
〝仮にも隣国との国境を越える道を整備するというのなら、その前にマーカスとの折衝が必要である〟という、尤も至極な外務部の指摘に遭って、工事は一旦中断の憂き目を見た。
ところが……当のマーカスが色々あったせいで延伸工事の計画は後回しにされ、今も宙に浮いたままとなっている。
その結果……傍目には〝アラドから国境監視砦までの直通路が整備された〟形になっていた。
マーカスから国境を越えてモルヴァニアに入国すれば、最初に出会う町がカルバラである。そこを訪れた者が、〝アラドと国境監視砦を結ぶ緑道〟の事を耳にする、或いは実際に目にする可能性は小さくない。その時、件の訪問者は、その緑道を見てどう考えるか……というのが、国境監視砦から寄せられた指摘であった。




