第三百五章 湖の秘密~第二幕~ 10.クロウ~〝鳥頭のカール〟~(その1)
このところクロウは不機嫌であった。
クロウ的には自然保護区である「誘いの湖」に、不埒にも侵入を図る者が続出しているというのだ。聞けばその主犯は釣り馬鹿どもであり、次点でイカレポンチの貴族どもだという。
騒動の原因を作った形の水精霊たちは悄気返っているが、クロウの見る限りこれは〝不運な巡り合わせ〟でしかない。気にするなと宥める一方で、クロウには気になっている事があった。
『そいつは確かに、カール・ルイ・オルトゥームと名告ったんだな?』
『うん。ネジド村にいた子たちはそう言ってる』
「ネジド村」という何やら曰くありげな場所の事はさて措いて……「カール・ルイ・オルトゥーム」という名前はクロウにも聞いた憶えがあった。
(確か……少女時代のマリアに殴り倒された馬鹿貴族だとか言ってたな……)
実際には、〝殴り倒した〟云々というのは飽くまでマリアの自己申告であって、その真相は〝マリアを力尽くでモノにしようとして、股間にファイアーボールを叩き込まれて悶絶した〟……という、あまり大っぴらにできないものなのは、ここだけの話である。
そのマリアに言わせると、カール・ルイ・オルトゥームという馬鹿は、〝事態を大きく動かすほどの積極性は無いが、ちょっと突けば直ぐ悪乗りして、後先考えずに走り出すおっちょこちょい〟……という直結型の馬鹿らしい。
そんな道化者が大舞台に上がって来た経緯というのは、凡そ一月ほど前の椿事に端を発していた。それが出来した場所はネジド村である。
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精霊たちの間でイスラファン、別けてもベジン村・ガット村・ネジド村というのは、特殊効果の聖地の事を指している。偉大なるダンジョンロード・クロウの指揮の下、近在の精霊たちから選りすぐられた腕利きたちが、「百鬼夜行」という大舞台を踏んだのだ。
その時の〝連続公演〟(笑)は未だに精霊たちの間で語り草となっており、選に漏れた、或いは未熟な精霊たちは、次の機会があれば是非とも参加したいものだと、日夜特殊効果の修練に励んでいたのである。
「百鬼夜行」最終公演の地となったネジド村もその例に漏れず、年若い精霊たちが――騒ぎにならないように気を配りつつ――特殊効果の自主訓練に励んでいたのだが……
「ややっ!? あれなるは正しく世を騒がす魑魅魍魎に他ならず!」
妙に芝居気たっぷりの叫びに、独学で「泥田坊」の操演に挑戦していた精霊たちがふとそちらを見ると、うらぶれた風体の若い男が、芝居がかった様子でこちらを指していた。
身形からすると冒険者のようであったが、それにしてはその言動が妙に大袈裟で、良く言えば時代がかった、率直に言えば古臭い小芝居を見ているような気にさせられた。
何事ならんと――一応は姿を隠して――成り行きを窺っていると、
「悪霊め! 覚悟!」
――と、台詞だけは勇ましく、剣を掲げて駆け寄って来たのだが……足腰はドタドタヨロヨロという感じで定まっていないし、剣を掲げた手はフラフラとぶれまくっているしで……縁日の素人芝居でももう少しマシという、お粗末極まりないレベルであった。
未だ駆け出しの身とは言え、孰れは特殊効果で身を立てたいとの大望を抱く精霊たちからすれば、端的に言って〝見るに堪えない〟レベルの素人芸……いや、それ以下の代物であったから、思わず眉を顰めたのも宜なるかな。
なのに、そんな大根役者……と言うも烏滸がましい小根役者が、精霊たちの操る「泥田坊」に駆け寄ると、
「成敗!」
――などと喚いて斬りかかって来たのだから驚いた。




