第三百五章 湖の秘密~第二幕~ 9.ラスコー【地図あり】
カルバラの町に滞在して骨董関係の情報を収集しつつ、ラスコーは今後の方針について思いを巡らせていた。
当初は一路王都マイカールを目指し、貴族家を主体に情報収集に励むつもりでいたのだが……
(「誘いの湖」か……気にはなっていたが、依頼には直接関わりそうに思えなかったからな。今回は素通りしようと思ってたんだが……)
数日前にここカルバラの町で会った冒険者が、面白い話を聞かせてくれた。それは「誘いの湖」で、貴族と釣り師と国軍兵士が、三つ巴の争いを演じているという話だった。
その時は単に〝面白いネタ〟ぐらいにしか思わなかったのだが……
(能く考えてみると……これはそう簡単に捨てられるネタじゃないぞ)
ラスコーが受けた依頼の内容は、「古代マーカス帝国」仮説とやらがマーカス国内にどれだけ広がり、そしてどれだけ国民に受け容れられているかを調べる事だった。
なら……
(……今正にその仮説を信奉する者がトラブルを引き起こしている現場、即ち「誘いの湖」の周辺とやらで、その仮説がどれだけ受け容れられているか、或いは仮説信奉派がどう評価されているか、それを調べるのも依頼のうちではないのか?)
クレーマーとなっている仮説信奉派の貴族に対して、地元住民がどんな感情を抱き、どんな態度に出ているのか。それを調べるのが無駄だとは思われない。
何より、平素なら表に出さないであろうそういった感情も、仮説信奉派貴族が騒ぎを起こしている現場では、態度に表れ易いのではないか?
その点を考慮するのであれば、今正に騒ぎが起きている現場というのは、これは千載一遇の好立地である。この機を逃せば有益なデータは取れないかもしれない。一刻も早く現場へ急ぐべきだろう。
そう考えるラスコーであったが……マーカスの地図を眺めてみれば、もう一ヵ所気になる場所があった――通称「レムダック遺跡」と呼ばれる場所である。
[モルヴァニア~マーカス周辺地図]
「災厄の岩窟」の直ぐ傍にあるという「誘いの湖」と「レムダック遺跡」の位置関係に目を遣れば、湖の方がマーカス中心部に近い位置にあり、しかも両者は街道を挟んで東西に分かれている。
つまり「誘いの湖」に行く途中で「レムダック遺跡」に立ち寄ろうとすれば、大幅な時間的遅延を覚悟しなくてはならない。貴重な時間を費やすだけの価値が「レムダック遺跡」にあるのか?
仮説の検証ではなく国民の反応を探るという依頼の主旨に鑑みれば、立ち寄る必要は然して無いように思える。
しかし、仮説信奉派貴族に対する評価或いは反応という観点から見れば、レムダック遺跡の周辺で訊き込みを行なう価値も……
(……無いとは言えないか。しかし……)
その場合ももう一つの問題点がある。
即ち――遺跡の近くに訊き込みに手頃な町や村があるかどうか。無ければどこで訊き込むか。
(抑それが判っていないと、計画自体が立てられないな)
暫し思案に沈んでいたラスコーであったが、ややして方針を決断する。
(問題の先送りと言われそうだが……ともかく、遺跡の周辺情報が判らないと方針も決められない。先にそちらの情報を調べて……ついでに噂話に耳を澄ましておこう)
・・・・・・・・
交通の要衝たるカルバラで数日耳を澄ましていた甲斐あって、ラスコーは有益な情報を幾つか得る事ができていた。
即ち――
(……レムダック遺跡の近くには、訊き込みに手頃な町や村は無い。つまり効率的な情報収集ができない)
まずこれで今後のスケジュールが決まった。時間が有限な資源である以上、ここは「誘いの湖」に直行する一手であろう。
そして次に耳に入って来たのが、マーカスに集結しつつある釣りキチ連中の思惑であった。
(……どうやら連中は「古代マーカス帝国」仮説に興味は無いが、信奉派の貴族は湖の封鎖を解かせる上での同志、または戦友だと見做している節があるな……)
おかしな話だが、これに関しては骨董屋も同じような反応を示していた。
(こっちも仮説に興味は無いが、信奉派の貴族は良いカモ……上客だという訳か……)
要約するとマーカスの民間人には、〝仮説自体には然して興味は無いものの、仮説信奉派を利用する気は満々〟――という連中が少なくないと考えられる。
(……貴族との取り引きには使えそうにないが、これは依頼人の要求に充分応え得る情報じゃないか?)
これだけでも依頼人は満足するかもしれないが、現場に足を延ばさないまま伝聞情報だけで判断するというのは、やはり情報屋の矜恃に悖る……
――斯くして、沿岸国指折りの情報屋であるラスコーが、「誘いの湖」を訪れる筋道が立てられたのである。




