第三百五章 湖の秘密~第二幕~ 8.マーカス国務会議(その3)
躊躇いがちな国務卿の口から零れた意外な単語に、居並ぶ一同は首を傾げた。「ロスト・ダンジョン」については無論聞き及んでいるが、それが「誘いの湖」とどう繋がる?
「いや、『誘いの湖』とは無関係だ……多分。関係があるのは……いや、関係を指摘したいのは〝ダンジョンと古代遺跡〟だ」
「……碌でもない話になりそうな気がするが……続けてくれ」
――その指摘は単純なものであった。
「古代マーカス帝国」仮説の最大の根拠となっている遺物は、どうやらダンジョン跡地から出土したらしい。また、マーカス最大の懸案となっている「災厄の岩窟」では、古代のものと覚しき金貨が発見されている。「古代金貨」の件は公表されてはいないが、その噂はじわりと広がっている。仮にその件を措くとしても、「災厄の岩窟」の近くでは、あの『銅像』が発見されているという事実がある。
「……あの件を蒸し返すのは、正直気が進まんのだが……」
「だが、確かに『ダンジョン』と『古代遺物』の関係を示唆するには充分だ」
「うむ。この際理屈はどうでもいい。どうせあの〝お調子貴族〟が相手なんだ。それっぽいネタを振ってやれば、勝手に食い付いてくれるだろう」
要するに、ここでレムダック一派の関心を「ダンジョン」もしくは「ダンジョン跡地」に向ける事ができたら、彼らの意識を「誘いの湖」から逸らす事ができる。記憶容量の乏しそうな連中だから、複数の事案を頭に留めておく事などできないだろう。
「……この話の肝は『ダンジョン跡地』というところだろうな」
「あぁ。我が国には地勢的な条件の故か、現在ダンジョンや魔力溜まりは無い……少なくとも、報告はされていない。しかし……嘗てそれらしきものがあった――という話なら無くもない」
これだけでも充分にレムダック一派の気を引けるだろうが、念には念を入れるというなら、もう一捻りの策を弄しておきたいところ。
「我が国の情勢に引き比べてテオドラムには、『災厄の岩窟』を別にしても、もう一カ所のダンジョンが確認されている。この事実を巧く使えば……」
「……あのレムダックの事だ。〝テオドラムごときに『古代マーカス帝国』の栄誉を奪われてなるものか!〟……とか何とか、見当違いの発奮ぶりを見せてくれるに違い無い。結果、やつらの注意は――あるかどうかも不明の――国内のダンジョンもしくはダンジョン跡地に向かうだろう」
「その矛先が『災厄の岩窟』に向かう事は……そうか。『岩窟』はテオドラムの側にも広がっているのだったな」
「あぁ。テオドラムに対抗しようとするなら『岩窟』以外の場所で、ダンジョンなりダンジョン跡地なりを見つけるしか無い。好い感じに踊ってくれるだろうよ」
……と、真っ黒々に腹黒い悪謀が決まったところで、一つの問題点が指摘された。
「しかし……その話を我々が持ち出しても、上手く話に乗ってくるかな?」
「うむ……追及を躱すための小細工だとして、却って『湖』に固執する可能性は……あるか」
――そうなっては裏目どころの話ではない。
「これは……この策を実行するに当たっては、適当な『宣伝役』が必要になるな」
「うむ……どこかに手頃な者がいればいいんだが……」




