第三百五章 湖の秘密~第二幕~ 5.テオドラム国務会議(その2)
そんな代物が実際にあるのなら、それはそれで有り難いような気が、そこはかとなくしないでもないような気がするが……国境線上にそんなものがあるというのは、国際関係という視点では火種、いや信管以外の何物でもない。開き直ってマーカスとの共同開発という事も考えられなくはないが、
「そんな真似をした日には、あの『災厄の主』を怒らせるだけだろう」
考えられる限りで最凶最大の悪手であるとして、この案は早々に没となる。
更に悪い事に、
「所在の判らぬ砂金とは違って、探すべき場所は目に見えている訳だからな」
「その分だけ訴求力と誘引力は大きくなる――か」
「おまけに、現時点では『誘いの湖』でモンスターは確認されていない……事になっている」
「大怪魚の事は伏せてあるからなぁ」
大怪魚の事を周知させれば抑止力の一翼ぐらいにはなりそうだが……
「解らんぞ? 聞けば件の大怪魚は相当な大きさであったそうだ。だとしたら……」
「あ……却って浅瀬には近寄らない、いや、近寄れない可能性がある訳か」
「少なくとも、そう考える者がいてもおかしくない。つまり――」
「……浅瀬で椀掛けする者が現れる、か」
「その可能性を否定はできんだろう」
抑止力としての期待値が微妙な上に、情報の開示によって「災厄の岩窟」と「誘いの湖」の共通点に気付く者が現れる虞もある。選択肢としては微妙……いや、どちらかと言えば無し寄りの無しだろう。
それだけでなく……
「最大の問題は、我が国ではなくマーカスの側から湖に入られた場合も、同様に好ましからざる事態になるという事だ。現状では寧ろそちらの可能性の方が高いかもしれん」
むっつりとした顔で言い放つラクスマン農務卿に、戸惑ったような表情を浮かべたジルカ軍需卿が問いかける。
「だが……その場合、我が国に責は無いのではないか?」
「マーカスとの関係だけをみればそうかもしれん。だがな、それに釣られて我が国の冒険者どもまでが、同じような振る舞いに及んだ場合の事を考えてみろ。『災厄の主』の機嫌を逆撫でせんとも限らんのだぞ? その迸りはどこへ向くと思う?」
「あ……」
ラクスマン農務卿の言葉に、居並ぶ国務卿たちの顔色が劇的に悪くなる。あの「災厄の主」の機嫌を損ねるような事になったらどうなるか。
既にグレゴーラムで一個中隊を、そして恐らくオドラント近郊で二個大隊を、ともに災厄の主のせいで失っているテオドラムとしては、これ以上の被害など真っ平御免を蒙りたいのが本音である。
そんな不本意な展開を避けるためには、自国民の統制だけではどうにもならないとするならば……
「……甚だ異例であり、そして或る意味遺憾でもあるが……これについてはマーカスとの協議が必要にして不可欠ではないかと愚考する」
トルランド外務卿がこんな事を言い出しても、それを批判する声は上がらなかった。
「そうとなったら早い方が良いだろう。放って置くと、事態がどっちの方に転がるのか見当も付かんからな」
「うむ。冒険者ギルドに対しても、何かしら然るべき手を打っておくべきだろう」




