第三百五章 湖の秘密~第二幕~ 4.テオドラム国務会議(その1)
さて――ハーフリングの釣り師が目撃した「大怪魚」は、マーカスと同様に「誘いの湖」を監視していたテオドラム兵にも目撃され、速やかに上層部への報告が行なわれた。
報告を聞いたテオドラム軍「災厄の岩窟」駐屯部隊は、持てる権限をフルに使って「誘いの湖」へのアクセスルートを封鎖。釣り馬鹿であろうがなかろうが、民間人の立ち入りを遍く禁止する策を採った。
それというのも……
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「……という訳で、現場指揮官の機転によって、『誘いの湖』へ道は既に封鎖が完了している」
レンバッハ軍務卿が報告すると、会議室には安堵の溜め息が満ちた。
「功労賞ものだな、その指揮官は」
「うむ。最低でも金一封は間違い無いだろう」
チラチラと自分に突き刺さる視線に耐えかねたのか、ファビク財務卿は苦笑しつつも了承の頷きを返す。実際、指揮官の機転で排除されたトラブルの内容を思えば、金の一封や二封など惜しくない。
「……まぁ尤も、『湖』ができた当初はともかく、今は『湖』を攻略しようという物好きもいなくなったようだがな。件の『怪魚』とやらが目撃されていなければ――」
「……『湖』に挑もうなどという傍迷惑な馬鹿は出て来んだろう。それを確定させた……いや、その可能性を高めたというだけでも、件の現場指揮官の功績は大きいと言える」
「うむ」
「同意する」
居並ぶ国務卿たちが口々に漏らしている懸念とは何かと言うと……
「『誘いの湖』に大怪魚がいるなどという噂が立った場合、以前の〝鱗〟と関連付ける者が現れんとも限らんからな」
「〝鱗〟については箝口令を布いてあるのだろう?」
「だとしてもだ。不用意な呟き、いや囀りでさえ、どこでどう拾われるか判らんのが昨今だからな」
「うむ」
テオドラムが以前に得た〝鱗〟……それは、欲の皮を突っ張らかせた挙げ句、無謀にも「災厄の岩窟」に挑んで命を失った冒険者の遺体から回収された、巨大な鱗の事であった。
……その正体は、クロウが夕飯に食した魚の鱗を錬金術で合成しただけのパチモンである。
テオドラムが混乱したら面白いからというだけで、深い考えも無く冒険者の屍体に持たせただけなのだが……テオドラムはその巨大な鱗を見て、〝巨大な鱗は巨大な魚がいる証拠、つまり大量の水がある証拠〟とばかりに奮い立ち、水資源――と石炭――を得るためのダンジョン攻略――と言うか採掘――に邁進する事になったのだが……それはさて措き、ここで問題にしたいのは、テオドラムが〝「災厄の岩窟」の奥には巨大な魚が棲んでいる〟と信じ込んでいる事である。
そして今、「災厄の岩窟」に隣り合う「誘いの湖」でも、巨大な怪魚の姿が目撃された。「岩窟」と「湖」がほぼ同時に、ダンジョンマスターの手で創り出された事と考え併せると……
「『岩窟』と『湖』がどこかで繋がっているのは、もはや確実だろうな……」
「『誘いの湖』はダンジョンではないと見られていたが……」
「実際ダンジョンではないのかもしれん。地下水脈か何かで繋がっているだけなのかもな。しかし、我が国にとっては……」
「あぁ。ダンジョンであろうとなかろうと、『災厄の岩窟』と繋がっているだけで……いや、そう思われるだけで大問題だ」
「砂金鉱床の噂の事があるからなぁ……」
――そう。テオドラム国務会議の面々が、斯くも神経を尖らせているのは、一に懸かって「災厄の岩窟内砂金鉱床説」の蒸し返しを懸念・警戒しているためである。嘗てテオドラム国内で発案(?)された迷惑仮説が、隣国マーカスとの間の緊張感を高めるのを嫌って、隣々国(?)であるマナステラに押し付けようと画策までした事がある。
なのに……ここで再びそれを蒸し返されるような事になっては、自分たちの苦労は何だったと言うのだ。
「『岩窟』と『湖』が繋がっているなどという事になったら……」
「うむ。『誘いの湖』の湖底には、砂金の大鉱床が眠っている……などという話になりかねん」




