第三百五章 湖の秘密~第二幕~ 3.「誘いの湖」
すっかりマーカスを席捲した感のある「古代マーカス帝国仮説」であるが、ここへ来てその感染力……ではなく、伝搬力にもさすがに翳りが見えていた。それは一つには、「古代マーカス帝国」に関する新たな物証が出て来ない事に起因していた。
行き当たりばったりに国内を掘りまくったところで新たな遺跡が見つかる訳も無く、幾ら骨董屋を漁ったところで信頼できる物証を得る事もできず、仮説の正当性・信憑性を担保するエビデンスが提出できないのでは、幾ら面白い仮説と雖も早晩に支持を失うのは自明の理。凋落の気配を感じ取った仮説信奉派が突破口に選んだのが、あろう事か「災厄の岩窟」であった。
素より「災厄の岩窟」は、誕生してから精々二年という若いダンジョンである。現マーカス王国の建国以前に遡るという「古代マーカス帝国」との関連など論じるにすら値しない……筈であった。
――しかぁし!
彼の「災厄の岩窟」内では、少数ながら〝謎の古代金貨〟が発見されたという話ではなかったか?
ならば――ダンジョン自体は新しくとも、その内部に「古代マーカス帝国」の遺物を抱え込んでいる可能性は無視できないのではないか? 抑あの「レムダック遺跡」自体が、そういう履歴を持っているとの話ではなかったのか?
斯くの如き周到な理論武装の下に、仮説信奉派の貴族は「災厄の岩窟」の内部調査、もしくは調査結果の開示を要求したのだが……
「馬鹿な事を言うな。あそこは一応国境線なんだぞ? 国防の要とも言える重要情報を、そんな理由で公開……など、できる訳が無いだろう」
「うむ。軍務を預かる者として、そんな要求を呑む訳にはいかん」
「そもそも、その要求とやらが国民の総意であると、どうやって証明するつもりだ?」
……などと、当然のように却下される羽目になる。
けんもほろろに退けられた仮説信奉派が、苦し紛れに掴んだ藁しべが、他ならぬ「誘いの湖」であった訳だが……これがおかしな紛れ当たりとなった。
「ならば『誘いの湖』はどうなのだ?」
「あそこは『災厄の岩窟』と同じく国境線上にある。部外者の立ち入りは許可できない」
「ならば、当該区域内に遺跡か、もしくはそれに類するものがあるかどうか、情報の開示を要求する」
「……地形的にそのようなものは存在しないと思われる」
「まて。〝思われる〟とはどういう事か? 憶測ではなく確実な情報を要求する」
「まさかと思うが、充分な実地調査を行なっていないのか?」
「当該区域は軍事的にも外交的にも微妙な場所なので、不必要な立ち入りは避けている。ご理解とご配慮を願いたい」
「隣国が国境を侵犯している可能性があるというのに、それはあまりにも不用心かつ無責任ではないか?」
「地形的にもそれは困難であると思われる」
「……先程からの答弁を拝聴する限りでは、政府は当該区域内における実地調査をまるで行なっていないとしか思われない。国防を預かる者として職務怠慢ではないか?」
「怠慢! 怠慢!」
「自己批判しろ!」
「うるせー! バーロー!」
「現場も知らん頭でっかちが、聞いた風な口をほざくな!」
「そんなんだから国民の支持を得られずに燻ってるんだよ!」
「だから『万年お笑い党』なんて言われるんだ!」
「わー! 言うてはならん事を!」
「糾弾じゃ糾弾!」
……というように、この件自体は好い感じにグダグダのウヤムヤに終わったのだが、そんな騒ぎが勃発したという事自体は隠しようが無く、徒に衆目と好奇心を集める事になった。
その結果、半ば迸りを被る形で、ローカルネタだった筈の「大怪魚」が全国ネット宜しく知れ亘るという事態となった。
……言い換えると、マーカス中の釣り馬鹿たちの注目を浴びる事になったのである。




