第三百五章 湖の秘密~第二幕~ 2.釣りキチ参上!(その2)
さて――「誘いの湖」に漸う辿り着いたハーフリングの釣り馬鹿であるが……実はその姿は、クロウが湖に配備した肺魚系モンスター・フェイカーディプノの偵察部隊――リクルートして数を増やした――によって、早々に捕捉されていた。
その情報は速やかに、「誘いの湖」に滞在中の精霊たちに共有されたのであったが……実は、この時湖に滞在していた精霊というのが、少し訳ありの面々であった。
その〝訳〟については後ほど機会を見て触れるとして、ここで話しておきいのは、この時精霊たちが採った対応策である。
ここ「誘いの湖」は、「災厄の岩窟」とほぼ同時期にクロウが(突如)生み出したものであるが……実はクロウの認識では、「誘いの湖」は精霊門の設置場所であると同時に、精霊たちにとってのアメニティ向上を目的として創り出された一種のビオトープであった。
……言い換えると、「誘いの湖」はダンジョンではない。
それ故にクロウは、「誘いの湖」がダンジョンと誤認されないよう、多様にして格別の注意を払っていた。ダンジョン固有の魔力の痕跡を消し去るなどはその一つである。
その甲斐あってなのか、現時点ではマーカスもテオドラムも「誘いの湖」を、〝「災厄の岩窟」に近くはあってもダンジョンではない別個のもの〟として見るに至っていた。
故に――「誘いの湖」がダンジョンだと疑われるような事があってはならない。絶対に。
その一方で、「誘いの湖」はビオトープ或いは自然保護区のような役割を期待されているため、不作法な者たちの乱入は可能な限り阻止しなくてはならない。
これらの条件を勘案した精霊たちは、ここは侵入者を脅して撤退させるのが最善手であると判断した。……多分に「百鬼夜行」の成功体験が後を引いている事を考慮しても、これ自体は決して悪い判断ではない。
次に精霊たちは、「誘いの湖」という現場の環境に鑑みて、水棲生物ないしは水棲の妖怪の姿を象って脅かすのが妥当であろうと判断した。が――適当な〝水棲の妖怪〟というものを知らなかった精霊たちは、次善の策として〝恐怖感を与える水棲生物〟の姿を象って威圧する策を採った。……これもまた妥当な判断であり、そこに咎を言い立てる事はできない。
唯一不幸な巡り合わせは、この時の侵入者が〝大物願望のある釣り馬鹿〟であった事だろう。
早い話が、水によって巨大な怪魚の姿を生み出して侵入者を威嚇、併せて以後の侵入者を遠ざけようという精霊たちの目論見は――あらぬ方向へと転がり出す羽目になったのであった。
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「いや!! ハーフリングだろうが人族だろうが、アレを釣り上げるなんてできるもんじゃない! 少なくとも普通の竿なんかじゃ無理だ! 何かでっかい……特別誂えの仕掛けか絡繰りでも使わなきゃ」
「そこまでかよ……」
「一体どんな化け物が棲み付いたってんだ……」
「誘いの湖」に滞在していた水精霊渾身の水製「大怪魚」の宙返りに威圧され、一目散に逃げ帰ったハーフリングの釣り師の発言は、当初は単なる法螺噺だと思われた。
ところが、妙なところで用意周到な部分のあったこの釣り師、釣果を証明させようとでも考えたのか、自分が確かに「誘いの湖」に侵入した事を証言させるため、【遠見】スキル持ちに頼んで樹上からの観察を依頼しており、この件に関する目撃者が舞台に登場する事になったものだから……さぁ大変。近郷近在の釣り自慢が、揃って「誘いの湖」攻略に熱意を向ける事になった。
しかし、それだけならまだ、「誘いの湖」近郊でのローカルな騒動に留まった筈なのだが……この件を一気に全国区に広める役割を担った者たちがいた。
――その広報役の名を、「古代マーカス帝国」仮説信奉者という。




