第三百四章 特命調査員ラスコー、モルヴァニアへ 11.モルヴァニア軍国境監視砦(その3)【地図あり】
どうしてそんな頓狂な誤解に至ったのかについては繰り返さないが、ともあれ不運な巡り合わせによって、アラド並びにモルヴァニアの上層部は、〝テオドラムがモルヴァニアへの侵攻を念頭に置いて、アラドの様子を窺っている〟という可能性を捨てきれなかった。その後の情勢から、どうやら侵攻計画についてはそこまで現実化していないようだと修正したが、〝アラドの状況を探っている〟のは事実であると、未だに誤認されていた。
無論、テオドラムにそんなつもりは露ほども無いのだが。
だから……こんな新たな誤解も生まれてくる。
「……テオドラムは、シュレクのダンジョンとの取り引きに勘付いたのか?」
現状シュレクとの取り引きは、行商人に擬態したモルヴァニアの密偵が行なっているが、その「行商人」を無理なくシュレクの近くに送り込む口実に使われたのが、アラドから監視砦に至る小街道の緑化であった。
当初は監視砦から更に先まで緑化を進める予定であったのだが、緑化とは言えマーカスとの国境近くで工事を行なうとなると、マーカスとの折衝が必要である……という理屈の下に、緑化作業は中断の憂き目に遭っている。その結果……
「……アラドから砦までの直通路を整備した形になってしまったからな」
「徒に注目を集める事になりましたからな。アラドに目が向くのも当然かと」
[モルヴァニア地図]
どうしてこう事態というやつは、交喙の嘴の如くに食い違いを見せるのだろう……と、カービッド将軍は無常観に取り憑かれつつあったのだが、
「まぁ、穴掘りどもは目下マーカス貴族のお守りで忙しいようですからな。今暫くは時が稼げようかと」
……ダルハッドの台詞に顔を上げる事となった。訊けば穴掘りの大半を占める冒険者たちは、「古代マーカス帝国」の遺跡探索に血道を上げるマーカス貴族の護衛に雇われた事で、先の見えない穴掘り稼業からは手を引いているという。
「……それは久々に聞いた朗報だな」
「知り合いにも少し入れ知恵をしておきましたからな。そっちも時間稼ぎの一助にはなるでしょう」
「知り合いに入れ知恵……?」
どういう事かとの訊ねに答えてダルハッド曰く、ラスコーに骨董品の情報から手を着けるように示唆を与えたという。
「首尾好く事が進めば、マーカスの貴族はまず骨董品漁りから始めるでしょう。それが一段落するまで、発掘作業はお預け……つまりは時間が稼げようという訳でして」
「酷いやつだな……」
「何、彼もそれくらいは察している筈。きっと好いようにマーカスの貴族をあしらってくれるでしょう」
人の好い――少なくともそう見える――笑みを浮かべるダルハッドを、カービッド将軍は何とも言えぬ目付きで見ていたが、何やら思うところがあったらしい。
「……その情報屋からマーカスの情報を買い取れないか?」
ややこしく入り組んだ事態に対処するためには、現地の情報は何より重要である。情報屋がマーカスに赴いているというなら、得た情報を買い取れるのではないか?
「難しいでしょうな。依頼人を差し置いて情報を渡すような男ではありませぬゆえ、まずは正規の依頼人に情報を渡してから――となりましょう。彼の本拠はアムルファンですから、一旦そちらへ戻ってから――となると……」
「……遅くなるのは避けがたいか」




