第三百四章 特命調査員ラスコー、モルヴァニアへ 10.モルヴァニア軍国境監視砦(その2)
しれっと言ってのけたダルハッドの台詞に、カービッド将軍も一瞬鼻白んだようだったが、
「……穴掘りどもが信じようと信じまいと、あそこは毒と怨霊のダンジョンだ。そこに突っ込んでくような馬鹿は、ダンジョンの餌食になって終わりだろうよ」
――と斬り返す。
だが……
「今はシュレクの辺りを彷徨かれるだけでも拙いのでは?」
――と、返す刀で更に斬り込まれては、将軍とても敗勢を悟らざるにはいられなかった。
シュレクの「ダンジョン村」と密かに塩の取り引きを行なっているなど、テオドラムに気取られる訳にはいかないのだ。
「お見受けしたところ、将軍閣下は他所者・流れ者だけをご懸念の様子ですが……事がそれだけに留まるとは限りませんぞ?」
「……何だと?」
「我が国の食い詰め者たちも、事情次第ではシュレクに向かうのではないか……上つ方々はそれを懸念しておいでです」
「な――!?」
「………………」
思わず絶句したカービッド将軍とは対照的に、ハビール教授は顔を顰めただけに終わったところを見ると、可能性の一つとして考えてはいたようだ。
「まぁ、どこの食い詰め者であろうが、我が国の領内から隣国へ侵入した――というだけで、甚だ拙い事態ですがの」
ここまで言われれば、カービッド将軍にもその先は解る。……解りたくはないが、解ってしまう。
「つまり……そういう不心得者が出ないように、警戒と監視を強めろという事だな?」
「国防のためには必要な処置かと」
苦り切った表情のカービッド将軍に代わって、畑違いながらもハビール教授が問いを放つ。
「その行動がテオドラムを刺戟する危険性については?」
「儂も詳しくは聞いておりませんが、何でも非公式な外交チャンネルを通してどうこうする――とか」
「成る程」
監視砦のツートップが――不本意ながらも――納得したらしいと見たダルハッドは、
「それでは、二つ目の理由に移りますかな」
「「…………」」
――そう。モルヴァニア上層部が国境監視砦に対して警告を発した理由は、もう一つあった。それは……
「話の其処彼処にテオドラムの影が、時折仄かにチラつく事――ですな」
「テオドラムの……」
「影が……?」
抑、発端となった砂金鉱床の仮説自体が、テオドラムからもたらされた形跡がある。「古代マーカス帝国」仮説については無関係のようだが、
「些か気になる動きがあるようです。何でも、テオドラムの密偵と覚しき者がアラドを探っておる……とか」
「アラドを?」
……見当違いもここまでくるといっそ滑稽なのだが……モルヴァニアが〝テオドラムの密偵〟だと誤解しているのは、実はレンドとスキットルのマナステラコンビ、それにカイトたちの一行であった。




