第三百四章 特命調査員ラスコー、モルヴァニアへ 8.学者の話@クート(その2)
「最初の前提なんじゃがな……〝ノンヒュームの作風を取り入れた酒器〟の存在を以て、そこにノンヒュームが多くいた事の証左としてよいのか……そこに些か問題がある」
「……何ですって?」
「ノンヒュームが身近にいなかったからこそ、その作風を真似た代用品が罷り通っていた……そう考える事だってできやせんか?」
「あ……」
供給の存在を以て需要の証拠とするのはまだしも、その需要が何に起因するかとなると、これは軽々に判断しては拙い。稀少価値の故に(富裕層での)需要が高まった……という可能性だってあるではないか。
クロウなら「ボーンチャイナ」の事に思い至って納得したであろう。
ともあれ……一旦は憮然・悄然の色を浮かべたラスコーであったが、やや間を置いて、これは寧ろ好都合ではないかと考え直す。何しろ、当時のノンヒュームの分布情報を確認しておけば、それを如何様にも解釈できるという事ではないか。
「……相変わらず強かじゃのぉ。その不撓不屈の心意気に免じて、一つ入れ知恵をしておこうか」
思わず顔を上げたラスコーに、ダルハッドはどこか黒い笑いを浮かべつつ、〝入れ知恵〟というのを授けてくれた。
「着眼点は悪くない。マーカスの貴族が交渉相手というなら、周辺国の情報は寧ろ歓迎されるじゃろうよ。して――じゃ、テオドラムはちと入りづらい、マナステラは遠いとなれば、残るはここモルヴァニアという事になる。しかし、そこには一つ問題がある」
「問題……?」
「うむ。君相手には〝賢者に説法〟かもしれんが……嘗ての戦乱の時代に多くの記録が失われておる。これはモルヴァニアに限った事ではないんじゃが……イラストリアでは遺跡の発掘が相次いで成果を――それも目覚ましい成果を挙げておる。表向きはどうあれ、水面下では他国も焦りを見せておるわけじゃ。それはここモルヴァニアも例外ではない」
「はぁ」
気の無い返事を返したラスコーを、ダルハッドはジロリと教師の目で睨む。その様子から、どうやらここまでは謂わば前置き・枕の類で、寧ろここからが本題らしいと気付き、ラスコーはそそくさと居住まいを正す。
その様子を満足そうに眺めたダルハッドは、やや置いて徐に口を開く。
「さっきも言うたように、モルヴァニアの農業改革は、全国的な水路網の整備無くしては語れん。しかしその一方で、水路の施工時に地層が攪乱されただけでなく、少なからぬ遺跡が破壊されたのもまた事実。なのにイラストリアでは、頗る付きの遺跡の発掘に成功しておるというので……こういった〝水路整備に伴って出土した遺跡〟の記録を、大車輪で見直しておる最中なんじゃよ」
「……え? という事は……?」
「うむ。お主が王都の図書館へ行ったところで、目当ての資料は軒並み国に貸し出し中で無駄足を踏む……という事になる公算が大きい。少なくとも今の時点では、遺跡からのアプローチは難しいじゃろうな」
愕然とするラスコーであったが、然して間を置く事無く気を取り直した。ダルハッドは先刻何と言った? 〝入れ知恵する〟と言ったからには、代案の一つや二つはある筈だ。
「何、そう大した事ではないわい。
「古代マーカス帝国の証拠だという出土品について、レムダック家とやらは〝他に類を見ない〟と言っているが、それは飽くまで〝マーカスにおいて〟という事じゃろう? 周辺諸国の知見を総覧した上での結論なのか……そこを突いてやるのが突破口になるじゃろうて」
「ははぁ……?」
「さっきも言うたように、文書情報――即ち遺跡の調査記録を閲覧する事はまず無理じゃ。しかし、文書ではなく出土品……と言うか骨董品の情報なら、やはり骨董屋に訊くのが筋じゃろう」
「あ……」
結論に気付いた様子のラスコーを満足げに見遣ると、
「ドワーフの細工物は売れ筋じゃからな。網羅的な情報ではないにせよ、骨董商なら商品としての情報を持っている筈じゃ。儂の伝手でよければ何人かに紹介するが?」
「願ってもない事です。是非ともお願いします」




