第四十七章 ヤルタ教の周辺 1.国王執務室
シャルド遺跡の発見をめぐっての、王国サイドの話になります。
「聖魔法を帯びた古代のダンジョン……王家が隠しておるのはそれか」
報告を受けたヤルタ教教主ボッカ一世は、酒杯を手にニヤリと笑った。
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「ヤルタ教の坊主どもが?」
「はい。どこで聞きつけたものか、王家は神敵と通じ、禁断の力を得ようとしていると……」
「なるほど……聖魔法とダンジョンの組み合わせは、ヴァザーリに現れたスケルトンドラゴン――聖魔法とアンデッドの組み合わせ――を連想させますからね。ヤルタ教の新しい教義が説くところの悪神バトラと結びつけるのは可能ですか……」
「……んで、シャルドの封印遺跡の調査を独占的に調査している王家は、邪神の悪しき力を得ようとしている、と……けっ、よくも言ったもんだ」
「ですがなかなか巧い手です。ヤルタ教に批判的な王家を悪神と結びつける、しかも物証付きで。疚しい覚えがないならば、封印遺跡の調査を独占するのをやめよ、と言うわけです」
「どっちに転んでも自分たちに利があるか」
「スケルトンドラゴンの出現後に教義を変えたのは泥縄の印象を免れ得ませんでしたが、今度はその教義を裏書きするような封印遺跡の登場ですからね。ヤルタ教の信用は上がったでしょう。信者の離反も止まる筈です」
ヤルタ教の抜け目無さに渋い顔をしていた一同であったが、やがてローバー将軍がふと思い浮かんだ疑念を口にする。
「……しかしよ、あの封印遺跡はダンジョンとは違うんじゃねぇか?」
「調査の結果によると、少なくとも今日ダンジョンとして知られているものとは一線を画するようです。小部屋の配置や、何らかの供給網と思われる配管の跡など、多数の人間が活動するのを前提にした造りになっている上に、モンスターの痕跡が全く見つからないとか」
「なら、ダンジョンってなぁ言い掛かりに過ぎねぇわけだし、だったら邪神と結託してるってのもやっぱり言い掛かりだ。そう言ってやったらどうだ?」
「遺跡の扉や壁の一部がダンジョンの壁と同質の素材からなっているのは事実なんです。彼らの主張を裏付けるにはその一点で充分ですよ」
憮然とした表情で黙り込んだローバー将軍を横目で見ながら、国王が心中の懸念を口にする。
「……それで、ヤルタ教のクソ坊主どもは……あれらの品々には気づいておらぬのじゃろうな?」
「少なくとも噂として流してはおらぬようです。情報の価値に気づいて口を噤んでおる可能性は残りますが……」
「まぁ、大丈夫でしょう。守秘には大分気を遣いましたからな」
「それに、モローで発見された足跡の件を知っていなければ、単なる古代遺物というだけです」
「そう。モローのダンジョン跡に残されていた足跡――儂らの技術では真似できん代物――と似たものが、五百年以上前の靴底に既に刻まれていた、なんて事ぁ判りませんて」
「Ⅹがダンジョンマスターやネクロマンサーと結託しておる事がほぼ確実となった今、Ⅹの正体は魔族か、少なくとも魔族寄りの存在であると見なせる。そのⅩが残した足跡と、封印遺跡にうち捨てられてあった靴の底の刻印に類似性がみられるという事は……」
「単純な頭の持ち主なら、封印遺跡の主は魔族という結論に飛びつきかねません」
「しかし……実際のところはどうなのだ? ウォーレン卿?」
「正確に言えば、魔族が封印遺跡の主と同じ技術を用いている、そういう事です。あの靴底の技術は、かつてはありふれたものだったのかも知れません。戦乱によって我々の手からはその技術が失われ、魔族の手には残った、そういう可能性も充分に考えられます」
「何か手掛かりを知っておる者がおるとすれば……エルフか」
「そうですな。遺物の中にはエルフが使いそうな骨製の短剣がありました。刃が欠けて、すっかり古びてはおりましたが、保存の魔法か何かが掛けてあったらしく、分析は可能でした。その分析結果によれば、あれはドラゴンの骨だそうです」
「ドラゴンの骨のナイフ……いかにもエルフが好みそうな一品だの」
「御意」
「あの……封印遺跡の主は、一体何者であったのかのう?」
国王の呟きに答えられる者は、その場にはいなかった。
もう一話投稿します。




