第三百四章 特命調査員ラスコー、モルヴァニアへ 6.骨董屋の話@アラド
翌日、ラスコーは町の骨董屋を訪ねる事にした。
何しろ、商業ギルドで耳打ちされた話に拠ればその店は、あろう事か〝ドワーフの作風を模した酒盃〟を商ったというのだ。
マーカスを席捲している「古代マーカス帝国仮説」の唯一の物証が、これまた〝ノンヒュームの作風を取り入れた酒盃〟だというのだから、これは喰い付かない方がどうかしている。
そして……もしもこの話がマーカス貴族の耳に入ったら……
(どんな騒ぎが持ち上がるか知れたものではないな……)
無論、アラドの商業ギルドには事情を説明した上で、情報の秘匿に動くよう進言しておいたのだが……
(……あっさり件の店を教えてくれたって事は、そっちの説得はこっちでやれって謎掛けなんだろうな……)
面倒な話には違い無いが、情報の値打ちに鑑みれば、それくらいの手間は代価のうちだろう。
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「いや……事情は理解したし、忠告も有り難いと感謝するが……だからって、客の素性をバラすような真似はできないぜ? こっちにも矜恃ってもんがあるからよ」
「あぁ、それは構わない。自分が知りたいのはその酒盃についてであって、客の素性は興味の対象外だ」
「んじゃまぁ……」
納得した店主が明かしてくれた情報は、
・その酒盃は、アバンのドロップ品だという触れ込みで持ち込まれた。
・小さいが金細工で、ざっと見た限りでは割と古いものらしく思えたが、詳細な鑑定は行なっていない。また、細工はそこまで凝ったものではなかった。
・ドワーフの作風を真似たと言うより、取り入れようとした雰囲気があった。
・酒盃を売った少し後に、〝ドワーフの酒器〟を求めてやって来た二人組がいた。何れも今年の三月頃の事である。
「その二人組というのは、先に売れた〝ドワーフの作風を模した酒盃〟を探してやって来た……と?」
「いんや。そんな風にゃ見えなかったな。売れたって言ったら吃驚してたから。……一応探しには来たが、本当にあったとは思ってなかった――って面だったな」
「……答えづらい質問かも知れないけど、先に〝酒盃〟を買った客は、それを探していたような感じだったか?」
「……いんや。こっちも〝掘り出し物を見つけた〟――って顔付きだったな。今にして思い返してみれば」
何となくだが……これは極めて重要な情報のように思える。
そう考えたラスコーは、周辺情報をもう少し訊き出してみる事にした。
「いんや。あんな酒盃を扱ったのは、後にも先にもあん時だけだ。他に扱った者がいるって話も聞かねぇな。……少なくとも、ここアラドじゃ――な」
この答えに満足したラスコーは、ついでにと件の酒盃の外寸や特徴を大まかに訊ねて回答を得た。大いに気を好くしたラスコーが、雑談混じりに情報交換をしていたところ……
「いんや? ドワーフの作風を真似た物ってなぁ、そこまで珍しかぁないぜ?」
……という話が飛び出してきたものだから、ラスコーは意外の念に打たれた。
レムダック家とかいう貴族の公式発表に拠れば、〝ノンヒュームの作風を取り入れた酒盃〟はまた、〝嘗て見出された事の無い、他に類を見ない逸品〟であるというから、
「てっきり、〝ドワーフの作風を取り入れた作品〟が珍しいんだと思っていたが……」
「あぁいや、こりゃ俺の言い方が悪かった。正確に言うとな、〝ドワーフやエルフの作に似ているが、実際にそうなのかどうかが曖昧〟って物が結構あんのよ。古い時期の物に多いんだけどな」
「ほほぉ……」
成る程。この業界ではそれなりに知られた「常識」なのかも知れないが、部外者には……そして恐らくマーカスの貴族たちにも、あまり知られていない知識だろう。
ここで得た情報をどう活かし、どういった話を組み立てるのかはまだ決まっていないが、それでもアラドでこれらの情報が手に入った事は、
(〝幸先が良い〟――ってやつなのかもしれないな)




