第三百四章 特命調査員ラスコー、モルヴァニアへ 4.二つの酒盃
今回は説明回です。
酒盃の出所来歴が少し込み入ってきたので、話の流れを断ち切る不作法は承知の上で、ここで内容を整理しておこう。
まず、これまでの話に出て来た〝ドワーフの作風を取り入れた酒盃〟には二つある。一つはハーコート卿がアラドの骨董屋で買い求めたものであり、もう一つがマーカスを騒がせている「古代帝国仮説」の物証としてレムダック家に持ち込まれたものである。
これら二つの酒盃の根源的な出所はと言えば、それはクロウが「船喰み島」で回収した〝海賊のお宝(仮)〟であったらしい。
何せクロウの許には、沈没船からのサルベージ品を筆頭に、「船喰み島」のお宝やら「ロトクリフ」のお宝やら、何なら「百魔の洞窟」のドロップ品やらがしこたま溜まりまくっている。
そのせいで一時は沈没船からのサルベージ品だと思われていたが、ハンスの情報を整理した結果、どうやら「船喰み島」物件であったらしいと判明していた。
その「酒盃」の一つが、アバンの廃村のドロップ品を拵えるためのお手本とされた事が全ての始まりであった。
そのお手本が〝ドワーフの作風を真似ようとした模作或いは習作〟らしいと看破したエメンとハンスが相談した結果、新たに創るドロップ品もまた〝ドワーフの作風を取り入れようとした模作〟とする方針が決まった。
ただし、お手本の作風そのままでは芸が無いし、後々何かの面倒の素になる可能性も捨てきれない。なので元の作風は残しつつも、それとは趣を異にした、ついでに言うとあまり人目を引かない温和し目のデザインを心懸けた。
そうして出来上がった「贋作」にクロウが【エイジング】をかけて古色を出したのだが、この時つい慣れた力加減で施術したため、出来上がった「贋作」はシャルドの封印遺跡と同じ頃の古色を帯びる事になった。
この「贋作」は恙無くアバンでドロップされ、アラドの骨董屋へ持ち込まれた後、ハーコート卿の手に落ちる事となった。
ちなみにクロウの手許には、同じような作風と古色を与えられたエメン謹製の「贋作」――酒盃以外のものも多い――が複数用意されている。
それでは、マーカスのレムダック家に持ち込まれた「酒盃」は何なのかと言うと……上述の「贋作」のお手本となった「船喰み島」物件で、言うまでもなくこれは贋作ではない。
何しろ「船喰み島」物件というのは、海賊がどこかから奪い集めてきたお宝をごちゃ混ぜにして貯め込んでいた代物なので、どの時代のどの地方のものなのかは皆目判らない。
ただしハンスの見立てによると、この大陸のものではない可能性が高く、時代的にはシャルドの「封印遺跡」の設定年代と同程度か、或いは少し古いものではないかという。
時代のせいか手荒に扱われたせいか、各部に少し損傷があったのだが、それはエメンの手によって判らぬように補修されている。なお、こちらにはクロウの【エイジング】はかけられていない。
なお、貴重な資料の筈の酒盃を、遺物亡者のハンスがあっさりと手放したのには訳がある。ぶっちゃけて言えば、他にも同じような時代と作風のものが幾つかあったためである。……言い換えるなら、ハンスの抗弁を無視さえすれば、マーカスを騒がせている〝古代帝国の物証となる遺物〟を、複数提示する事もできるのだ。
まぁ、騒ぎを望まぬクロウがそんな策を採る訳も無い――と、言いたいところだが……問題なのは当のクロウが、〝古代マーカス帝国の遺物〟という酒盃を実見した事が無い、従ってそれが自分が放出した品だと解らないだろうという事である。
故に――何の悪気も底意も無しに、無自覚に当該物件を放出する……などという事にならないとも限らないのであった。
二つの酒盃に連なる二系統の〝遺物群〟。それは目下、善意の無自覚者たるクロウ――別名「災厄の主」――の手にあって、静かに出番を待っているのであった(笑)。




