第三百四章 特命調査員ラスコー、モルヴァニアへ 2.アラド商業ギルドにて(その1)【地図あり】
〝善は急げ〟とばかりにラスコーは、依頼を受けた翌日には飛竜をチャーターして隣国ヴォルダバンの商都カラニガンへと向かった。
[アムルファン~マーカス近隣地図]
カラニガンで一泊したラスコーはその足でサガンに向かい、そこで一泊した翌日にはモルヴァニアの商都アラドへと旅立った。廃村アバンには心惹かれるものがあるが、今は立ち寄る時間も惜しいし、飛竜でアバンに乗り付けたりすれば大騒ぎになるのは必至である。目立つ行動は避けたいとなれば、少なくとも往路では諦めるしか無い。
二日後にアラドに到着したラスコーは、ここで飛竜のチャーター契約を解除した。ここからは目立つ事無く訊き込みがてら、モルヴァニアを抜けてマーカスへ向かう予定である。
だが……その前に立ち寄るべきところがある。
・・・・・・・
「何だって? ……アバンの廃村がどうしてここに絡んで来るんだ?」
ラスコーはアラドに着いたその足で商業ギルドを訪れ、情報の入手を図っていた。
マーカスの「古代帝国仮説」とは畑違いになるとは言え、隣国の商況状況を正確に、それも素早く把握しておく事は、商売に身を置く者の心得である。手始めに商業ギルドが掴んでいる情報を教えてもらおうと足を運んだのであるが……〝何か判れば儲けもの〟ぐらいに考えていたラスコーの思惑を覆し、ギルドでは予想もしなかった情報を得る事になった。
それが即ち……
「まぁ、おかしな話っちゃおかしな話なんだがな」
現時点では唯の取り越し苦労に過ぎないが、そうでなくなった時が面倒だから――という理由で教えられたのは、マーカスの貴族がモルヴァニアにいちゃもんを付ける可能性であったから、これは聞き捨てに出来ない情報である
ただ、ラスコーが想像していたのは、「古代マーカス帝国」の幻に浮かされた〝愛国者〟が、「国土回復運動」という名の侵略を言い募る可能性であったのだが、アラドの商業ギルドか懸念しているのは少し違うらしい。
「……てな感じで、マーカスの古物屋どもが手当たり次第に売り捌いたせいでな」
「……『古代マーカス帝国』の遺物は雑多なものから成っているというイメージが、遺物を探しているマーカス貴族の間に逆成されたのか……」
「あぁ。そこで、〝雑多なもの〟という評判に被ってくんのが」
「噂に名高い『アバンドロップ』という事か……」
下手をすると〝雑多〟の一語だけを根拠として、〝アバンは古代マーカス帝国の遺跡である〟……などというトンチキな事を言い出す輩が出ないとも限らないと勧告されて、ラスコーも〝うわぁ〟という表情を隠せない。テオドラムの脳天男爵の事例に鑑みれば、あり得ぬ話と笑殺できないのが困りものである。
この件は(アバンを擁する)サガンの商業ギルドにも伝えてあると聞かされては、ラスコーも長嘆息を漏らさざるを得ない。
今回は道を急ぐ事を優先したため、サガンの商業ギルドには立ち寄っていない。そのせいでこのネタを掴むのが三日ほど遅れた事になる。一刻を争う事態ではないとは言え、常日頃から情報の新鮮さを売り物にしているラスコーとしては痛恨の極み、慚愧の至りである。糅てて加えて、アバンドロップのうちアクセサリーはサガンの商業ギルドが買い集めている事まで聞かされては、切歯扼腕の勢いにも弾みが付こうというものだ。




