第三百三章 王女様のお望み 4.ノンヒューム連絡協議会
さて――アナスタシア王女から妙な形で絡まれた、ノンヒュームの聴講生三人組はどうしたか。
彼らは勿論学院の、より正確に言えばベルフォールの「比較文化論」の聴講生であるが、それと同時に人族とノンヒュームを結ぶ親善特使のような役割も持たされている。学院の生徒や教師たちとの交流について、連絡会議に報告するのも任務のうち。例えば、モルファンの王女が「古代マーカス帝国」仮説にご執心だという事なども。
彼らは一応学院の寮に部屋を与えられているが、外出が禁じられている訳ではない。なので堂々と学院外に出て、王都に駐留する連絡員に会いに行った。王女の情報を携えて。
情報を受け取った連絡員は、これは早々に本部に伝えた方が良いと判断。魔導通信機を用いて本部に一報を入れた。
で――この情報を受け取ったノンヒューム連絡会議本部はというと……
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「古代マーカス帝国ねぇ……」
「そう言えば、マナステラのやつらが何かぼやいてなかったか? 変な詮索をされる事が増えたとか」
「あー……あったな、そんな話」
確かに子供が目の色変えそうなネタではあるが、この話にご執心というのはモルファンの王女である。何らかの底意がある疑いも捨てきれない……
「いや、無いんじゃないか?」
「うむ。埋蔵金がどうとか出土品がこうとかいう話ではないのだろう? 現状では単なる与太噺にしか過ぎんものを、大国モルファンが気にするとも思えん」
「て事は、これは王女様の好奇心か」
「女子らしからぬという気がしないでもないが……」
「いやしかし、子供らしいと言えなくもないだろう」
面白半分どころか面白七分くらいの与太噺であり、当のマーカス国民からさえ法螺噺扱いされているのだ。政略などに絡んでくるとも思えない。これは王女の子供らしい好奇心の発露であろう――と、素直に結論するノンヒュームたち。
で、あるならば、自分たちノンヒューム連絡会議はこれにどう対処するべきか。何もせずに放って置くという選択肢も無論あるのだが、
「人族との友誼を深めるってのが狙いだからなぁ」
「あぁ。特に、対テオドラムという事を考えると、モルファンのお姫様のご機嫌をとっておくのは悪い手じゃない」
「マーカスにいる同胞に頼んで、少し状況を調べてもらうか?」
それくらいの骨は折ってもいいのではないかという話になり、連絡会議のマーカス支部――実質的には出張所――に魔導通信機で連絡を入れようという事になったところで、
「で……何をどう調べてもらうんだ?」
――という点が改めて問題にされ、一同顔を見合わせる事になった。
「通り一遍の事は、お姫様だってご存じなんだよな?」
「そりゃまぁ、〝ノンヒュームの古い様式を取り入れた酒器〟なんて話を持ち出したぐらいなんだから」
「つまり……それ以上のネタを訊き込む必要がある訳か?」
予想外に煩わしい気配が見えてきて、思わず顔を顰める一同。七面倒臭いのは願い下げなんだが……
が、そんな空気をむっつりと吹き払った者がいた。「鬱ぎ屋」の二つ名を持つ獣人の冒険者、クンツである。
「何も好んで面倒なところへ踏み込む必要は無ぇだろう。噂話を手当たり次第に訊き込ませりゃ済むこった」
「……それだけでいいのか?」
「あぁ。だがな、訊き込む時にゃ少し注意が要る」
「注意……?」
それはやはり面倒ではないか――と言いたげな面々を、鼻で笑って続けるクンツ。
「別に面倒な話じゃねぇ。噂話を集める時にゃ、文字どおり〝手当たり次第に〟するってこった。……精霊使い様がおっしゃってたそうじゃねぇか。情報を集める時に、余計な予断や取捨選択は厳禁だ。あるものをあるがままに、虚心坦懐に集めろ――ってな」
どうもクロウが雑談の中で、データベース作成時の注意点として挙げた事が伝わっていたらしい。〝おぉ……〟とか〝成る程……〟とかの呟きを尻目に、クンツはなおも話を続ける。
「あとな、噂話を耳にした時にゃ、〝いつ〟〝どこで〟〝誰が〟話していたのかも記録しておくこった。相槌を打ったやつがいたら、そいつの事についてもな」
「な、成る程……」
「それくらいなら然して手間でもないな」
――後日、ノンヒュームたちが集めた噂話のデータベースがアナスタシア王女に届けられ、王女経由でそれを受け取ったモルファンの情報部が、〝ノンヒューム侮るべからず〟と唸る事になるのだが、それはまだ先の話になる。
一方、この件についてお伺いを立てられたクロウは、
「あ? 別にいいんじゃないか?」
――とあっさりした同意を示して、連絡会議の面々を安堵させた。
クロウにしてみれば、マーカスの騒ぎに監視を付けたいところだが、カイトたちをその任から外さざるを得なくなり、人選に苦慮していた矢先の吉報である。噂話だけとは言え、ノンヒュームが情報収集を受け持ってくれるというなら、反対する理由など無かったのだ。
斯くして、マーカス在住のノンヒュームたちが、「古代帝国仮説」の噂話を集めるのに奔走する事になるのであった。




