挿 話 鯉幟(こいのぼり)
挿話です。
今日は日本の暦で五月五日。子供の日、古くは端午の節句とも呼ばれた祭日だ。そして、うちの子たちが楽しみにしていた日でもある。
きっかけは他愛ない鼻歌だった。子供の日の唱歌を口ずさんでいた俺に、ハイファが、甍とは何かと聞いてきたのだ――どうも、イラクサの一種か何かと勘違いしたらしい。思い違いを正してやったところで、今度はキーンが鯉幟とは何かと聞いてきた。コイが淡水魚という事は前に話していたんで、こっちはこっちで食べ物の一種じゃないかと期待していたようだが。
一応説明はしたんだが、皆ピンと来ないようだった。まぁ、言葉だけでアレをイメージしろってのは難しいよなぁ。
で、百聞は一見にしかずというやつで、パソコンの画面で写真を見せたんだが、これに皆が面白いように食いついてきた。考えてみれば、去年はそんな余裕はなかったしな。折角だからこれは実物を見せたいと、色々計画はしていたんだよ。
まず、どこで見せるかというのが問題になった。俺の部屋には鯉幟なんて無いし、あってもマンションでそれを泳がせるのは規約で禁止されている。テレビやネットの画像じゃ味気なさ過ぎるし、かと言って、異世界に持って行くのは目立ちすぎる。何しろ空を泳がせてなんぼだからな。人目を引くのは確実だし、説明するのも面倒になるのは間違いない。青空を泳がせてこその鯉幟だから、ダンジョン内で泳がせても面白くない。いっそ騒ぎになるのを前提で、バレン辺りでお披露目してやるかとも考えたんだが、回収できなくなるのは明らかだし、地球世界のものをこっちに流すのは控えたいから、これも駄目。
『沖合へ出られる船とか、いっそ空飛ぶ城でもあればなぁ。気兼ねなく風に靡かせてやれるんだが』
この時の俺は、これが現実になる可能性など考えもしなかった……。
結局、花火の時とは違って、こっちに持って来るのは無理だろうという結論になった。
となると、日本の空に棚引いているのを見せるしかないんだが……。
『今回は洞窟組の皆さんで行って下さい』
アインがそう提案してきた。
『大人数で行くのはご主人様にもご迷惑をおかけしますし、まだ私たちは異世界に行って舞い上がらないという自信もありませんから。きっと何か失敗します』
そんな事を気にする必要はないんだが……確かにいきなり大人数でというのは冒険が過ぎるか。先に小人数で試してみてからの方が無難だろうな。
『それに、ご主人様が作って下さったテレビの魔石で結構楽しめますから』
……せめて受像器は大画面のやつを新調してやろう。そう言えば、モローの迷宮にもケイブバットやケイブラットはいるんだよな……向こうにも渡しておくか。
で、それぞれに大画面のディスプレイを作って渡しておいた。
『福利厚生面が次々に充実していくのう。ダンジョンらしからぬ有り様じゃ』
『……悪い事じゃないだろう』
『……まぁのぅ』
・・・・・・・・
『ほほう……これはこれは』
『これが……自動車……ですか』
『マスターっ、僕たち、コレに乗って行くんですか!?』
当日、人目を避けてマンション地下の駐車場にやって来たんだが……従魔たちが大興奮だった。……そうだよな……生まれて初めて自動車を見たんだものな……。これは……アインの言うとおりにして正解だったかもしれん。洞窟組でこの騒ぎなら、クレヴァス組まで交じっていた日には、きっと収拾がつかなかっただろう。
『さあ、さっさと乗った乗った。人目についたら拙いんだからな』
外から車内が見えないように、窓にはフィルムを張ってあるし、認識阻害の魔術も一応使っているが、目立たないにこした事はない。
『あ、マスター、その子も連れて行くんですね♪』
うん?
皆の視線を辿ると俺の肩に……いたよ、ちゃっかりとゲートフラッグが。
『……まぁ、いいか。一人で留守番させておくのも不安だしな』
そう答えると、何となく嬉しそうな様子を見せた。まぁ、こいつも同居人には違いないしな。除け者にする事もないだろう。
目的地まで安全運転で車を走らせる。何であれ目立つような真似は一切しないのが俺の信条だ。
『目的地は……どこなの……ですか?』
『あぁ、言ってなかったか。今から行くのは少し先の団地だ。まぁ一種のお祭り気分なんだろうが、団地中に沢山の鯉幟が立てられるんだよ』
杖立温泉とか四万十川とか館林とか、有名所の観光地にインスパイアされたらしいけどな。鯉幟が立てられている広場は出店もあるし人出が多いけど、鯉幟自体は少し離れていても見えるしな。問題はない。団地のあちこちに立てられてるから、団地内を徐行して回ってもいいだろう。
・・・・・・・・
団地に着いたら案の定というか、同行している従魔たちだけでなく、中継画像をみている留守番組も大変な食いつきだった。興奮していると言うよりも、目を奪われている感じなんだが。お蔭でビデオカメラ――今回、撮影用の魔石はビデオカメラに偽装してある――をあちこちに向ける羽目になった。
『ふわぁ~』
『……本当に泳いでるみたいですねぇ~』
『これだけの数が並ぶと壮観でございますな……』
『こういうのは……初めて……見ました』
『凄いですぅ……』
バンクスでの新年会を思い出すな。あの時は散々駆け回ったよな……。今度は安易に車を離れるわけにはいかない事を力説して、ひたすら見物に徹した。
『主様ぁ、赤と黒のお魚が多いですけど、なぜですか?』
『マスター、天辺にはためいてる、あの変なのはなんですかぁ?』
『小さいのは……子供……ですか?』
団地の入り口でパンフレットを配布していたから、その内容を皆に解説しておいた。あと、事前にネットで調べた知識も併せて紹介しておく。
『……僕たちくらい小さかったら、あの背中に乗れそうですよね?』
キーンの台詞に皆が黙って考え込む。危ないから駄目だぞ。
『……楽しそうではあるが、掴まっておく取っ手がないだろう。風にあおられて上下左右にはためくし、乗り心地は悪いんじゃないか?』
『む~、そうかもしれません』
『……言っておくが、危ない事は禁止だからな』
『キーン……もし……やるとしても……最初は私です……私なら……万一……落っこちても……本体は……無事ですから』
ハイファ……お前、やる気満々じゃないか?
横目で出店を見ていくと、柔らかい布製の鯉幟のミニチュアが売っていた。扇風機の微風に靡いているのを見たが、これはなかなかいい感じだ。同行した皆も気に入ったようだし、留守番組へのお土産に五つほど買っていく。モローとクレヴァス、洞窟に各一個。残りの一つ? 俺の部屋用だよ。
留守番組も含めた全員に充分行き渡るだけの柏餅を買って、ドライブがてらゆっくりと帰る。皆、帰りの景色も楽しんだようだ。こういうのも結構楽しいな。また機会があれば連れ出すか。
明日は王国サイドの新章に入ります。




